呼び声

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キースさんが着ていたローブを羽織って歩くと裾をずるずるーと引きずることになった。 私の目の前を歩くキースさんの背中。 視線をあげてようやく頭が見える。 背が高くて肩幅もがっしりしていてイケメンだ。 私には若すぎるけど、どこか好青年な雰囲気はドキドキする。 どうやら地下だったところから階段をのぼって出ても薄暗い。 石造りの古いお城を浮かばせる建物の壁には窓らしきものはあるけれど、その外は真っ暗。 真っ暗だったから、すぐに気がついた。 鏡のようにそこに映る自分の姿。 廊下の薄暗い明かりで私の顔が見える。 クマのあるやつれて疲れた顔でもない私がいる。 私ではある。 だけど、かなり若返っている。 これは三十路突入した女でもない。 体もそうだった。 頬に手を当てて、これが本当に私なのかと確かめてみる。 私だ。 10代の、高校生くらいの私だ。 髪は違うけど、その顔はまちがいなく私の若い頃。 別人だと思ったのに私で、よけいにわけがわからなくなる。 これはあの世?そういうこと? 自分が1番輝いていた時代の姿に戻るとか? でも私、高校の頃より大学の方が自由で楽しかったんだけど。 なんて鏡のような窓を見ながら思っていたら、後ろで咳払いが聞こえた。 思い出して振り返るとキースさん。 「裸で誰かと会ってしまいたくはないでしょう?早くいきませんか?」 などと言われて、服を求めて私はキースさんについていく。 どこを通っても窓の外は真っ暗。 真夜中で誰もいないと思われたのに、案内された部屋に入るとメイドさんといった姿の女性が二人いた。 「無事召喚はできた。彼女になにか服を見繕ってほしい。俺は部屋の外で待っている」 「おめでとうございます。かしこまりました、キース様」 メイドさんたちは頭を下げて、キースさんは私に少し視線をおいてから部屋を出ていく。 なにか偉い人のような気がする。 見た目、王子様と言われても納得できるけど、自分で研究者と名乗っていたし、地位のある人なのかもしれない。 私はこちらへとメイドさんに連れられて、部屋の中、更に奥の部屋へと案内された。 これはいつの時代なの?というようなドレスがたくさんあった。 民族衣装のようなものもあって、きらびやかで眩しい。 「お好みのものがございましたらそちらをお使いくださいませ」 「ここにあるもの、なんでも着てもいいのっ!?」 「どうぞご自由に。アクセサリーや靴もこちらにご用意されております。着替えの手伝いはいたしますので、なんなりとお声がけくださいませ」 なんて言われて、きゃーっとうれしい悲鳴をあげそうになる。 こんなの着てみたかったというようなものがたくさんある。 あれもこれも着たい。 お姫様のようなドレスだったり、ウェディングドレスのようなものだったり。 この民族衣装っぽいものも絶対かわいい。 なんて、鏡の前で体に当てて、どれがいいか見る。 メイドさんに見てもらおうかと声をかけたら、私のようにはしゃいだものはなにもなくて。 逆に早くしてほしそうにも見えて。 おとなしく、キースさんと歩いていても違和感のなさそうなものにしておいた。 おめでとうございますと召喚できたことを言っていたし、キースさんは私に世界を救ってくれと言ったし、どこか自分が救世主として待ち望まれていたもののようにも思っていた。 なにかが違う。 長い髪もまとめてあげてもらって、かわいいヒールの靴は履いてみたいようにも思うけど、どれだけ歩くのかもわからないからぺたんこの靴にしてもらった。 お姫様になってみたかったけど庶民の服に落ち着いたかもしれない。 たぶんきっとこれならいいのではないかという質素なワンピース。 私という日本人にも違和感はない。 ないけど、お姫様への変身を名残惜しくも思う。 アクセサリーやメイクもどうぞとされたけど遠慮して部屋を出た。 部屋を出ると本当にキースさんはそこで待っていた。 「……もう少しいいものはいくらでもあったでしょう?」 私の姿を見て、物言いたげな表情を見せて、少し悩んだら言われてしまった。 いえ、私、庶民なので。 これでいいです。 名残惜しいものを思うから、それも口に出せずにこれでいいとして頷く。 「なにを遠慮することなく着飾ってくれていいのですよ?俺は、この世界の者たちは君に願う立場なのですから。君に…、あなたに承諾をいただくために尽くします」 キースさんの話し方が最初とは変わったことに気がついた。 最初のほうがどこか親しげだった。 なんか敬語になってる? 救世主、ではあるのかもしれない。 私になにができるのかはわからないけど。 キースさんにとっては救世を望む神のような相手なのかもしれない。
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