ギルデロイ

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ギルデロイ

 アルパニア大陸は暗雲に覆われていた。オークの勢力が拡大し、あちこちで略奪の限りを尽くし、人々は逃げ惑っていた。  既に王家も腐敗し力なく、人々は無残に殺されてゆくしかなかった。そんな折、救世主が立ち上がる。彼こそがギルデロイ。王家の末席に位置する彼だったが、権力争いに勤しむ連中に目をつけられなかったのは幸いだった。そのため自由に動くことができ、密かにエルフと接触を図った。  人間がエルフと手を取り合うことは異例中の異例だった。なぜなら人間は欲深く見苦しい。一方エルフは気高い生物だ。当然相容れるはずもない。  しかしギルデロイには天性の統率力が備わっていた。エルフの王、サイリーンは初めこそ蔑んでいたものの、すぐさまギルデロイの人柄に惹かれてしまった。そして大陸を救うため、彼に賭けてみようと手を取った。  彼のカリスマは本物であった。王宮の腐敗勢力を一掃し、オークとの戦いでは連戦連勝。彼はめきめき才能を開花させ、エルフすらも彼を慕い始めた。  それはサイリーンの娘も例外ではなかった。  威風堂々としていて、気品もある。種族は違うとはいえ、傍から見れば二人はお似合いに見えた。  娘の名はアイリ。美しいだけでなく、弓の名手で、戦場にも付いて回っていた。二人は戦場でよく助け合い、自然と惹かれ合っていった。  そんな様子を見て、サイリーンは王として自分の器の無さを痛感し、(よこしま)な心が首をもたげてしまう。  人間とエルフの連合軍は圧倒的な力でオークを駆逐していった。その力はひとえにギルデロイの才能によるところが大きく、ついにオークの大将トンザッファを追い詰めるところまでやって来た。  トンザッファは華麗に逃げ回ったが、ギルデロイも執拗に追いかけ、湿地帯でついに追い詰めた。  沼で動きが鈍くなったところを、ギルデロイは矢で射かけた。トンザッファは倒れた。(とど)めを刺そうと剣を抜き、ギルデロイはゆっくりと湿地帯を歩んで行った。 「あっ!」  途端に足に激痛が走り、今度はギルデロイが倒れこんだ。痛みに呻きながら足を見ると、矢が刺さっていた。ギルデロイは警戒しながら射手を探す。トンザッファの方からではない。すると一本の木の陰から一人のエルフが姿を現した。 「あ、あなたは……」  ギルデロイは愕然とした。敬愛するアイリの父親が、まさか最悪のタイミングで裏切るとは……。 「な、なぜ……」  身動きできないギルデロイの口から出たのは素朴な疑問だった。 「すまない。人間とエルフは分かり合えない」 「あーっ!」  ギルデロイが再び声を上げた。今度は前から矢が飛んできて、ギルデロイの肩に刺さった。トンザッファが黄色い歯をむき出して弓を構えていた。 「トンザッファ。あとは頼む……」  サイリーンは全てを見届ようとせず、踵を返した。しかし今度はサイリーンが驚く番だった。 「あああああ」  自分の娘が疾駆しながら弓を構えている。 「アイリ、止せ!」  父の制止も聞かずアイリは矢を放った。そして見事にその矢はトンザッファの心臓を捉えていた。  ギルデロイはすかさず痛みも忘れて間合いを詰め、力の限り剣を振り下ろした。トンザッファは真っ二つに倒れ、バシャッと音を立てて倒れた。 同時にギルデロイも膝をついた。アイリはすぐさま駆け寄って肩を貸した。そんな二人に情けもかけず、サイリーンは冷酷にも弓を構えた。 「父さん! やめてください! ギルデロイに何の罪があるの!」 「……人間と分かり合うことはできない」  サイリーンの顔には憎しみが滲み出ていた。 「なんでよ! 分かんないわよ!」  アイリは泣き叫んでいたが、急にギルデロイを肩から降ろし、弓を父親に向けた。 「ギルデロイを殺すなら、私はあなたを殺します」  娘の剣幕に、今度はサイリーンが狼狽(うろた)えた。  しばらく親子で弓を構え合ったあと、サイリーンが弓を下した。 「アイリ、そんなにその人間が好きか……。そいつは人間だぞ。我々エルフは一緒にはなれん」  今度はアイリがゆっくりと弓を下した。 「そんなことないわ。人間にもいい所はたくさんあるわよ。高貴なフリして他の種族を見下している、エルフの方がよっぽど恥ずべき種族よ!」  そう言うと、アイリはニコッと微笑んで見せた。それと同時に、背中から一本の矢がアイリの胸を貫通した。アイリはウッと小さく声を上げて膝をついた。 「あああああ!」  ギルデロイは声にならない声を発して、アイリを抱え込んだ。サイリーンは矢の飛んできた方角を見た。トンザッファが何事もなかったかのように、弓を構えて立っていた。 「バカな! たしかに真っ二つになっていたはずだ!」  トンザッファはクイクイッと胸を指差した。あっとサイリーンは声を漏らした。それからギルデロイに駆け寄った。 「人間、まだ戦えるか?」  サイリーンが囁くと、ギルデロイはただ頷いた。 「トンザッファは心臓に傷を負ったままでなければ死なない。アイリの矢は折られてしまった。今度は二人で矢を放とう。その隙に私が斬る」 「わ、私も撃つわ。3本の方が強いでしょ」  息も絶え絶えに、アイリは弓を構えた。ギルデロイも立つ。3人はトンザッファの心臓目掛けて一斉に矢を放った。3本の矢は、全てピッタリと寄り添うように心臓に命中した。  トンザッファは不敵な笑みを浮かべると、すぐさま折ろうと手に力を加えた。しかし思いのほかびくともせず急に焦った顔をしたかと思うと、サイリーンに一刀のもと両断された。 「すまなかった。人間……、いや、ギルデロイ」  二人はアイリの亡骸を見下ろしていた。 「私を殺せ」  ギルデロイは一瞬険しい表情を見せ、拳を握ったが、すぐさま力を抜いた。 「いや、アイリは人間とエルフが手を取り合うことを望んでいた。俺はわだかまりを捨てて、人間とエルフ、両方が手を取る世界を作りたい」  サイリーンは黙って聞いていたが、ゆっくりと口を開いた。 「そうか……。では、私は王たる資格がない私は姿を消させてくれ。ただ、最後に一つ、頼みがある……」  サイリーンはそう言うとギルデロイの耳元に口を寄せた。
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