危篤

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危篤

 ここはハイブルテン王国の首都、ペトリャスクの宮殿である。今、偉大なる国王が息を引き取ろうとしていた。  バーン!  大仰な扉を両手で勢いよく開けると、ハーフエルフのリアムはものすごい剣幕で尋ねた。 「父上は……?」  枕元に立っている長兄のギリアスは、ベッドを顎でしゃくった。立派な顎髭を蓄え、自信と威厳を併せ持つ彼は、父の死の際も堂々とした様子だ。その脇には次男のヒールがスラッとした姿勢で立っている。エルフ特有の凛々しい表情だ。  ギルデロイ王はアルパニア大陸の歴史上最大の功績を挙げた王であった。それまで別々の種族として対立していた人間とエルフをまとめあげ、王国として統一し、オークの軍勢に立ち向かったのだ。  そんな偉大なる王の危篤であるからして、国中は緊張した空気に包まれていた。  歴史は今、新たな1ページを切り開こうとしていた。   「父上、リアムが到着しました」  ギリアスが枕元に囁いた。はっきりした物言いのせいで、彼は囁き声すらよく通る。  ゴホゴホと咳をしたのち、ギルデロイは三人の息子を呼び寄せた。 「いよいよワシは死ぬ。……思えば戦いに生きた人生だった。人間同士の争い、エルフとのいざこざ、そしてトンザッファとの全面戦争。そんな死線をくぐり抜け、死ぬときはベッドの上とは、皮肉なものだ……」  ギルデロイは一息ついた。 「しかしこの安らぎも、そんなワシの戦いのおかげよのう。謙遜のない言い方は許せ。もうしゃべるのもしんどい。……ワシは戦いの日々は後悔しておらん。しかし気がかりなことが一つだけある」  王は急に真剣な面持ちになり、三人を見回した。 「お前たちのことだ。ワシの死後、果たしてお前たちは力を合わせてこの国を守り抜けるかどうか。……よいか、今でこそ平和を享受しておるが、お前たちが思ってる以上にこの国は脆いぞ。偽りの平和。虚飾の繁栄。再び危急が訪れたとき、結束して事に当たらねば、たちまち王国は崩壊するぞ」  ギリアスは(ひざまず)いて父の手を握った。そして手の甲にキスをし、忠誠を誓った。  そんなギリアスに満足して頷くと、ギルデロイは側近のハリスに目配せをした。そしてそそくさと戸棚に向かったかと思うと、ハリスはすぐさま戻って来た。手には丁重に包まれた風呂敷を抱えている。ギルデロイはそれを受け取り、おぼつかない手つきで包みを解き始めた。中から現れたのは3本の弓矢だった。 「これはあの、敵のトンザッファ将軍を打ち破った時の弓矢だ。人間とエルフの絆の証。ワシらは種族の垣根を超え、強固な信頼関係を築いて事に当たった。しかるのちにあのトンザッファを討ち取ることができたのだ」  3人は黙って聞いていた。 「一本の矢は脆くとも、3本あればなかなかに折れにくい。3人で協力して、国を、民を守ってくれ……」  王は震える手で3本の矢をそれぞれに渡した。ギリアスが再び忠誠の意を示すと、2人もそれに従った。王は静かに目を閉じた。
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