それから

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それから

 「だ、大王! ビルハートの森で、射られた死体が大量に見つかりました」 「なに!」  ギリアスは目を見開いて大声を上げた。ビルハートの森は人間とエルフの境界である。  国王の死後、ハリスから遺書の存在を知らされた。ギリアスはその時のことが今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。  遺書は概ね、王の死後、国を三分割にして統治せよということだった。 ギリアスはハリスの口からそれを聞くと、怒りのままにその場で矢を折ってみせた。ヒールもそれを父への冒涜だと受け取り、ギリアスに向かって矢を放った。当然逸れはしたが、王宮の壁に穴を開けることとなった。まさに一触即発である。  ギリアスが怒るのには理由がある。王の息子たちといっても複雑な事情がある。ギリアスは純粋な人間の子だ。王妃は早逝したため人間の兄弟は他にいない。一方次男のヒールは純エルフで、ギルデロイ王の養子である。人間とエルフが連合を組んだ際、その象徴として王のもとへ下った。王はヒールの人柄を愛し、本当の息子のように愛情を注いだ。一方、それがギリアスの嫉妬を煽ったのであろうか、二人の息子は仲が悪かった。いつも二人は些細なことで争っていた。 「弓矢だ」  ギリアスはある日リアムにそう漏らしたことがある。 「エアラナの戦いには俺たちも参加していたんだ。そう、親父がトンザッファを倒し、追撃作戦を展開していた時だ。あの時俺たちはまだ子供だったが、実戦に慣れておけということで親父に随行した。そして後方で弓を撃って親父を援護する役目を仰せつかったんだ」  ギリアスは歯を食いしばった。 「その戦いで親父は俺たち二人を競わせた。敵の大将を討ち取れば、自分の弓矢を褒美に与えると言った。その弓は親父が愛用していた黄金の弓だったんだ」  幼いリアムを前に、ギリアスは本音を語っていた。 「エルフの野郎は生まれた頃から弓ばっかり訓練してやがる。俺は剣のほうが得意なんだ。リアム、どっちの方が実力が出ると思う? 剣だろ!」  半エルフのリアムを前に何を熱く語っているのだろうと思ったが、ギリアスは抑えることができなかった。  敵大将が射程に入った時、ギリアスの矢は逸れ、ヒールの矢は見事に急所へ的中した。父はヒールを撫でた。  そのような確執の中、ギルデロイは王国の東半分をギリアスに、西半分をヒールに与え、各々人間とエルフを治めるよう遺言を残した。リアムには王国の南方が与えられ、人間とエルフ、どちらも行き来できる都市を作るように指示されていた。  問題はそこではない。王国の中心、王都ペトリャスクのことである。それについては何も書かれていなかった。 「旦那様は最後まで決めあぐねておられました。それゆえに、3本の矢のお話をなされたのです。3人で納得のいくように決めてほしいと」  ハリスは緊張した面持ちでそう告げた。しばらく気まずい沈黙が流れたが、 「……じゃあ、当然俺が統治しよう」  と口火を切ったのはギリアスだった。ギリアスはヒールから顔を逸らし、リアムだけを見つめて言い放った。  ギリアスはからすれば当然の主張である。王と血が繋がっているのは自分であり、ヒールではない。それにリアムは半分はエルフの血だ。人間ではない。  ただしギリアスは言い方が悪い。ヒールに当てつけるかのようにニヤリと笑みを漏らしてしまった。気高いヒールはそれを見過ごすほど甘くはない。 「たしかに血筋から言えばあなたが相応しいかもしれない。けれど王国の現状をお忘れではあるまいか? 現在この国はエルフと人間が混じり合って暮らしているのですよ? ここはお互いが納得いくようにリアムを立てるのが波が立たないのではないですか?」  ギリアスはフンと鼻を鳴らした。 「王の子が玉座に就かねば権威が衰える。そうすれば国民は王に従わなくなり、統率が乱れる」 「先ほどの父の遺言をお聞きになられなかったのですか? 兄弟手を取り合って国を統治せよと。そのような浅はかな考えの者が玉座に就いて、果たして国民が納得しましょうか。この矢は何のためにお与えになられたのかお忘れか?」  ギリアスは弓矢が嫌いである。矢を両手で持つと、フンと片膝を上げて振り下ろした。  そこからは先のとおりである。人間、エルフ、本当の子じゃないと罵り合いが始まり、最後は息を荒くしてギリアスが退出した。  ヒールは彼の後ろ姿を見送ると、ギリアスが諦めたと解釈し、そのままリアムを玉座に据えた。しかしその3日後、ギリアスは兵を率いてペトリャスクに侵入、占領した。そしてそのまま居座り、大王を名乗った。  ヒールらエルフはそのような人間の暴虐に、盟約を破棄し、人間国家との国境をできうる限り拡大し、各地で人間とエルフは小競り合いを起こしていた。  こうして皮肉にも王の遺言である手の取り合いは、領土の取り合いに発展してしまっていた。  それから10年、争いの火は絶えない。 「兵を起こせ」  ギリアスはビルハートの森へ急行するよう命じた。
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