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表 一日目
終わった。
文化祭が終わった。
後は、文化祭を彩った英雄を集めて、称えるキャンプファイアーのみ。
「学校なのに、キャンプファイアーってなぁ。」
文芸部の二人なら言いそうだ。と、すっかり冷え切ったコーヒーの缶を握り、屋上で一人呟く。
午前中のクラス当番を終え、友人と校内のめぼしいクラスを回り、解散した後、僕は暇を持て余していた。
何処か面白そうなクラスはないか。と、パンフレットをめくっていた僕は、文芸部の文字に気づく。
一年で部活を作った奴がいるらしい。とは聞いていたが、これまで活字を避けて生きていた僕だ。縁はないだろう。そんなふうに思っていた。しかし、連れ歩く彼女もいない僕は、新たな刺激を求めていた。
もちろん僕は、一介の高校生である。気になる人はいる。しかし、自分の都合で、相手の感情を揺さぶる。その責任を背負う気概は僕にない。
と、体裁のいい言葉を使っているが、単純な話だ。振られるのが怖いのだ。自分に自信がないだけなのだ。
鬱屈とした気分を忘れるには、新しい刺激が一番。と僕は文芸部の門を叩いた。
「いらっしゃい。一冊50ページ。過去作2つに新作3つで500円。安いよ。」
たしか、この男は吉田。よっちゃんと周りから呼ばれていた。
「過去作は去年の2つだから、去年の同人誌持ってないならお買い得だと思うよ。」
この男の名前は何だったかな。まぁいいや。同級生Aだな。
「1冊買うよ。」
100円玉5つと交換をする。
「まいど。お前たしか、同じ学年だよな。どうしてここに来てくれたんだ?」
「暇だったんで、どんなもんかと思ってな。実際どうなんだ。繁盛してんのか?」
「いや。全然。閑古鳥が鳴くって感じだな。どうだ、文芸部入らねえか?」
「いや。部活もう入ってるからな、やめておくよ。」
「そうか。残念だ。」
「ところで、何で一年で部活なんて作ったんだ?ほとんどが幽霊部員で、二人しか活動してないのに」
「それは、ほら。部長説明してやれよ。」
同級生Aが部長だったのか。
「漫研があって、美術部があって、合唱部があって、ダンス部がある。なのに、文芸部が無いのは勿体ないと思ったからさ。」
「確かに、入学したとき部活動説明会に文芸部はなかったからな。」
「でしょ。どれも、思いを伝える媒体で、貴賤は無い。だから、作る必要があると思ったのさ」
「俺は、こいつの勧誘第1号。面白そうだから乗った。そんだけだけどな。」
「なるほどね。僕にはそんな自信は無いなぁ。やりたいと思っても、みんなにバカにされるかもとか考えちまう。」
「みんなにバカにされるのが怖いんじゃなくて、君が自分をバカにするのが怖いんじゃない?君の言うみんなって誰さ。」
同級生Aの言葉が胸をつく。急な指摘に脳が凍る。音が消える。
「皆が持っているから欲しいじゃなくて、僕が欲しいから欲しいで、何がだめなんだい。」
だめなんかじゃない。でも、
「きっかけが欲しくて文芸部に来たんじゃない?違うかい?」
きっかけ。
「でも、それで迷惑をかけることになったら。」
「そのときは、止めるべきだ。でも、命に関係すること以外は、大体大丈夫なんじゃないかな?」
「聞かせろよ。お前が何をしたいか。少なくとも、俺達は笑わねえからよ。」
「実は…」
「そうか。で、お前はどうするんだ。」
「…。」
「まぁ。それを決めるのはお前の仕事だわな。」
「ありがとうな。じゃあ、そろそろ行くわ。」
そう言って、文芸部を出る。手には、20g軽くなった財布と、いつの間にか握りしめていた同人誌。
「買ってくれたお礼だ。屋上の鍵な。あれ、立て付けが緩くなってんだよ。」
「ありがとう。いつか使うよ。」
後ろ手で扉を締める。気づけば、空は朱に染まり、高揚した頬から熱を奪う。
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