DOOMS DAY

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「空から降りし大王……… アグリッピナ彗星衝突跡の巨大クレーターには『新都市アウレア』が築かれた。 アウレアの最高権力者である皇帝ネロ様 こそが、わずかな生き残りを束ね、人類滅亡 の危機を救った救世主である………と」 ぶつぶつと独り言を呟きながらタイプする兄の机にロミオは、そっとコーヒーを置いた。 「ありがと」と端的に述べた兄は、画面から 一切、目を離さずタイプし続ける。 薄ぼんやりと淡く青緑の光を放ちながら、 宙に浮かぶ文字………。 デジタルな仮想原稿と、カチカチとした音を兄の指により奏でる、鈍い金色のクラシカルな タイプライター………… この組み合わせは妙ちきりんに思えたが、 どうやら兄の(こだわ)りらしい。 一通り文字を打ち込んだ後、どうも満足出来ないのか、乱雑に跳ねた茶の癖っ毛を、ガシガシと荒く掻き回す。 普段は年頃の青年らしく、多少の洒落(シャレ)っ気のある兄も、原稿に向かう時だけは別だ。 コンプレックスの癖っ毛を整えないし、 無精髭も目立つ。 おまけに、目が良いのに厚みのあるフレームの伊達眼鏡を、わざわざかける。 はっきり言って、野暮な事この上ないのだが、この『魔法の眼鏡』をかけた時の方が集中力が増す……ような気がするのだそうだ。 「自分は賢い!」という、一種の自己暗示なのだろう。 眼鏡をかける事が賢さの象徴とは、我が兄ながら単純だとは思うが、そういう兄の素朴な所がロミオは嫌いではなかった。 兄のエイリムはフリーのジャーナリストをしている。 …………と、言っても、そのカッコいい肩書に反して、普段は三流ゴシップや、胡散臭い オカルト記事を書かされていた。 薄給の兄がバイトと掛け持ちしながら書く、 WEBニュース。 しっかりとした専門を割り当てられている訳でもなく………要するに『隙間』を埋めるような記事しか担当させてもらえていないのだ。 「いつか、デカいヤマを当てる!」 そう豪語する兄だったが、その道のりは険しそうだ。 政治記者を希望していた兄が、隅っこの記事とはいえ、一応、皇帝に関する記事を割り当てられたというのに、エイリムの表情は浮かないものだった。 大仰に溜め息をつきながら、ロミオに意見を 求める。 「…………どう思う?この記事。 過剰なネロ賛美で気持ち悪くないか?」 自分の本心とは異なる記事を書く事に、 兄は抵抗があるようだった。 巨大シェルターの中にある新都市アウレアで 開かれるネロ聖誕祭……… それを祝っての記事で、政治におけるネロの 偉業を絡めながら書くように、との御達しらしい。 グロテスク創世記からの引用も交えながら、 一応は上の指示通りに記事を書き終えるつもりだったようなのだが、やはり本心には無い 美辞麗句の数々は、素人のロミオの目から見ても在り来たりで、中身の無いものに思えた。 何というか、心………兄の本心のようなものが、まるで宿らない、取って付けたような 使い古された『賛美』だと思った。 しかし、この星の最高権力者に否定的な記事など書けるはずはない。 政治の域を越え……… 最早、ネロの存在は信仰……。 信者の間では『神』にも匹敵する存在なのだ。 兄の心中を察した上でロミオは 「うん……いいんじゃない?」と、 やはり心にもない言葉で返すのであった。
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