おとぎ遊戯 小さな靴屋さん【読了15分弱】

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革製品を営む両親に朝から晩までこき使われ、食事もろくに与えられずやせ細った少年がいた。 口答えなど許されず、気に入らない事があると何度も何度も商品の革のベルトで叩かれた。 そして、革のベルトが壊れてしまうと、それを壊したと罰を与えられた。 罰は毎回痛いし苦しく、少年は母や父の愛を知らずに育った。 少年は10にも満たない幼さにも関らず、地獄から逃れ一人で生きていく道を選んだ。 少年は一年もすると生きていく為の “術” を身に着けていた。 自分が大人に敵わない事はすでに理解しており、人の居ない家を狙って盗みを行いその腕は確かでだった。 少年はもっぱら空巣を狙っては金目の物や食料を盗むという生業だった。 多くは盗まない。 その見事な仕事は家主が戻っても、おかしいな?と思うほどで盗みに入られたと気付かないほどであった。 少年は元々器用で頭の良い子供だった。   そんな少年もこの冬は飢えていた。 寒々とし気を抜くと命を落としてしまうような雪の日の多い冬だった。 人々は家に閉じこもり長く家を空けることがなくなっていた。 少年は仕事が出来ずに己の命をつなぐことが出来るかの崖っぷちに立たされていた。   飢えに苦しみ、寒さでいつもならば絶対にしないことをした。 掏り(すり)である。 それもかなり大胆な方法に出た。 そして、自分よりも弱いと睨んだものを標的とした。   それは髪を白く染め丸い眼鏡をかけた優しそうな老人だった。 爺様は裕福ではなく、婆様と二人なんとか暮らしていけるほどの生活をしていた。 爺様はわずかだが金を大事に懐へしまい、買い出しにでかけようとしていた。 普段は二人で一週間ほそぼそと暮らしていくための最低限の買い出ししかしないのだが、今回は体を温めてくれるミルクと特別に卵を買おうと思っていた。 爺様は自分の大切な懐中時計を質に出した後だった。 それも大した金にはならなかったが、厳しい冬に元気をなくしている婆様の姿を見て、温かいミルクや卵で元気を付けてやりたいと思っていたのだ。   一瞬だった。 突然目の前に幼い少年が現れたかと思うと、激しく爺様に体当たりしてきた。 爺様は突然のことと雪で足場が悪く大げさに転んでしまって、両手を地面に着き動けずにいた。 少年は更に悪鬼を思わす形相で勢いよく爺様との距離を縮め、爺様の身体を乱暴にまさぐった。 爺様はハッとしてつい大切な懐を両手で押さえてしまった。 少年はそれを見過ごすことなく爺様の手を無理やりはがすと金の入った小袋を奪い取り踵を返すと勢いよく走りだした。 爺様は呆気にとられ落胆した気持ちで少年の後ろ姿を恨めしく見つめた。 すると、数メートルほど進んだところで少年が足を止めた。 爺様が追ってきていない事が分かったようだ。 そして、少し考えたのちに振り返った。 先ほどまでの悪鬼のような表情はなく、なんとも悔しさに満ちた顔をして涙をいっぱいに浮かべていた。 だが、泣いて堪るかと下唇をきつく噛み締め体を細やかに震わせていた。   爺様は転んだ時に足を痛めてしまい、立てずにそのまま見守っていた。 落胆した気持は変わり、少年の鬼気迫る姿に難しい感情を抱き始めていた。 この少年の幼いこと…小さな体にやせ細った腕と足… この服装でこの寒い寒い冬をやり過ごそうとしているのか… ーーー悲しい世だのう…。婆様や、すまないね。   爺様は少年に背を向け、足を引きずりつつ歩き出した。 少年は驚き気が付くと「ねえっ!」と、叫んでいたが、爺様は振り返らずにずりずりと進んでいこうとしている。 少年は自分の手に握られた小さな小袋を一瞥(いちべつ)し、ぎゅっと握りしめた。 そして再度踵を返し走り出そうとしたのだが…、出来なかった。 少年はそれ以上何も言うことはなく、爺様に駆け寄ると爺様の懐に小袋を無理やり戻した。   爺様は少年の薄汚れた小さな手を優しく包むように握った。 少年はビクっと驚き一歩後ろへ身を引いた。そして爺様の行動が理解できずに爺様の顔をじっと見つめた。 爺様は少年の手に先ほどの金の入った小袋をしっかりと握らせていた。 「もっていきなさい。」   少年は逆に不安になってしまった。 こんな優しさは知らない。優しくされたことなどない。 老人の施しがどんな意味があるのかどんな裏があるのか分からない。 混乱がそのまま体に出て、少年は首を左右にはげしく振っていた。 「いいんだ。持っていきなさい。わたしはまた働けばいい。  まだ、売れるものが在る。持って、生きなさい。」 少年は爺様の顔をしばらく見つめ、どうしてよいのか分からないといった表情で暖かな老人の手で包まれた自分の手に目をやった。 そのあと、すっくと立ちあがり爺様の手を振りほどくと、勢いよく走りだして振り返ることはなかった。
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