この指とまれ

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 可愛い女の子が愛おしそうに人形を抱えて帰ってゆく姿を、二体の人形が陳列窓越しに哀しそうに見つめている――ように見えた。 「私も年老いたな」  大きく息を吸い込むと、短く勢いよくそれをはき出した。  玩具屋をやり始めた頃は人形の感情など考えもしなかったのに……。  私はもう一度、しかし今度は長めに息をはいた。 ――私が哀しいのかもしれない。  五年ほど前、結婚していた女性がいた。  玩具は売れず借金を抱え、それでも文句一つ言わず内職をしながら家計を支えてくれた。  働き者だった。 ……私はなんて馬鹿なことを。  そんな女房に毎晩、酒を飲んでは暴力を振るった。  子どもができれば女性は強くなるというけれど、女房もまさにそうだった。  子を(みごも)ることのできる、女性特有の本能なのかもしれない。  いや、当時の私が欠損していただけかもしれぬ。多くの男が女と同じように持っている本能なのかもしれない。  とにかくあの頃の私は子どもを授かってはいけない男だった。
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