この指とまれ

3/5
前へ
/16ページ
次へ
――赤ちゃんができたみたい。  明子(あきこ)からそう聞かされた私は、口よりも先に手を出した。  明子は顔を腫らしながらもお腹だけは懸命にかばっていた。  その姿が私をさらに苛立たせた。  日に日にエスカレートする暴力に子どもの危険を感じ、或る晩、家に帰ると明子はいなくなっていた。 ――今さら大切に思っても、もう遅すぎる。  今度は吸った息を少しの間、止めた。  それから三体の人形を大切にするようになった。  男の子が好みそうな玩具を主に取り扱っているから、店内に人形はこの三体だけだった。  この人形に明子と、見たことのない我が子を重ねていたのかもしれない。  そのうちの一体が今日、もらわれていったのだ。  娘が嫁いでいくときはこんな感情なのだろうか。 ――哀しいのは私のほうだな、やっぱり。  人形は外を見つめるばかりである。  明子に出て行かれてからの生活はさらに不摂生になった。そのせいか、寂しくなり始めていた頭が見る見るうちに禿頭(とくとう)になった。その頃からである。落ち武者と呼称され、ただでさえまばらだった客がパタリと途絶えた。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加