靴を磨く男

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「お疲れー」 「お疲れしたぁ」  ずらりと背広の並ぶ店内から、販売員たちがぞろぞろと帰ってきた。    ロッカーのある事務所のホワイトボードに、今月の売り上げ順位が貼り出されていた。 「今月のセールスも松本さんがトップか……」  群がる販売員たちは悔しさを滲ませた。 「おまえも、あいつみたいに要領よくやったらいいさ」  中堅の販売員は顎で売り場をしゃくると、半分あきらめたように言った。  売り上げ一位の松本は入社五年目の中堅社員だった。だが、近頃の店は契約社員の割合が多く、待遇の格差などから定着率が低くかった。  正社員の松本は入社五年目にして、すでに古株。加えて昨年退社した大御所販売員の顧客を力技で、まるごと自分の顧客にしてしまったため、この一年の売り上げは常にトップだった。   「あれれ、鈴木先輩、今日も居残りっすかー」  若い販売員がロッカーの前にいる中年の男に声をかけた。  ああそうだと鈴木は答えた。鈴木は他のスタッフに構うことなく、ロッカーに脱いだ上着をかけると、上段の棚から銀のアルミ缶を取り出した。  ラフな私服に着替え、帰り支度を終えた若い店員らが、がやがやと出てゆく。    静かになった事務所の中で、鈴木はパイプ椅子を引き、くるりと回すと長テーブルを背にして腰掛けた。  ほどなくして、本社に売上報告を終えた店長とセールストップの松本が入ってきた。 「余分な残業はなしですからね、先輩(・・)」  店長は鈴木に目を留めるなり釘を刺すように言った。  当然タイムカードは押していた。だが、この若僧はそれを知った上で言っていた。 「一服したら帰るから、戸締まりはやっておく。だから、先に帰っていいぞ店長(・・)」と、鈴木は感情を抑えつつ言った。  一緒に入ってきた松本は、満足げに売り上げ順位を見ている。自分が一番だと誇示するかのように口の端をあげた。鈴木を見下ろした笑みは『鈴木先輩、大御所なんですから頑張ってくださいよ』数日前、朝礼の場で鈴木を名指しした店長の言葉を目で言っているかのようだった。  鈴木は半年前に別の店舗から移動してきたばかり。元いま店は売り上げ不振によりスクラップになった。 「戸締まり、くれぐれもお願いしますよ」年若い店長は念を押すと、松本を連れて、外で待つ若い店員たちと合流しに出ていった。  
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