優等生は恋を知る

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優等生は恋を知る

 暁東高校の2年A組、野仲陸には公に出来ない恋人がいる。  相手は同性、しかも同じ高校の教師とくれば、表沙汰になればタダでは済まない。  陸は昨年、新入生代表も勤めた程の優等生である。文芸部に所属するいかにもなメガネ男子。真面目で無愛想で、一見するとそんな秘密の恋に身を投じるようには見えない。  でも、幼馴染の武田佑は知っていた。  陸は気を許した相手には甘えん坊であることを。  そして、チョロい。  陸の趣味の創作を褒めるだけで、簡単に懐くのだ。だが、陸の創作は一癖も二癖もあって、素直に褒められるような作品ではないのである。  だから、陸が懐くのは、小学校からの幼馴染の佑と、佑の従兄弟で社会科教師でもある武田晴翔の2人だけだった。  昨年までは。  昨年の文化祭、閑古鳥の鳴く文芸部の部室で、その男は陸の書いたSF小説(おそらく)を読んで、面白いなと褒めたのだ。  陸はそれまでその教師のことを、どちらかと言えば苦手な人間だと分類していた。  それなのに、その日以来、その教師は彼にとって見所のある奴になった。 「あいつ、結構いい奴なんだ」と、陸らしからぬ台詞を佑に聞かせ、授業中は彼から目を逸らせなくなった。  クラスの女子の噂話まで気になるようになった時、陸は危機感を覚えた。  まさか、と。  もしかして、と。  彼の名は大島聡一。数学教師である。  身長180cmのなかなかのイケメンで、試験の厳しさとは裏腹に物腰が柔らかくて、女子生徒にも女性教員にもモテる。  相手にされる筈がない、そう諦め半分に思いながらも、陸は自分の想いを手紙に託して、彼に差し出した。  うじうじ悩むのは性に合わない。当たって砕けろ。  陸は顔に似合わず、猪突猛進な所があった。  彼の返事は、小テストの裏に書かれたOKの文字と11桁の携帯番号だった。  陸はその夜、自分の部屋のベッドの上で正座していた。  スマホの画面に11桁の数字を表示させて、発信ボタンを恐る恐る押した。 「……」  緊張して言葉が喉につかえて出てこない。  陸の背中には冷や汗が伝う。 「野仲か?」  大島の声がした。 「……先生、OKって、俺の思う通りの意味で当ってる?」 「陸って呼んでもいいか?」 「うん」 「陸、好きだ。お前の気持ち、嬉しかったよ」 「先生……」  陸の声が掠れ、目からは熱い涙が溢れた。 「聡一って呼んで。陸、誰にも言えない関係になるけど、耐えられるか?」 「うん」 「お前が卒業するまで、俺はお前に手を出さない。でも、LINEAPならいつでも送ってくれていいし、夜と休みの日なら電話も待ってる」 「聡一、本当に?俺、夢見てるんじゃないよな?」 「安心しろ、現実だ。陸、好きだよ」 「聡一、俺も好きだ」  意気込んで言った陸に、聡一の小さな笑い声。 「また明日な、陸。おやすみ」 「おやすみなさい」  通話が切れて直ぐに、可愛いペンギンのお休みスタンプが陸のスマホの画面に表示された。 「可愛い」  小さく呟いて、陸もスタンプを送った。  2人の秘密の恋愛は、そうして始まった。  桃の花が咲き始めた3月初めの時期だった。
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