体育祭から始まった

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体育祭から始まった

「たーすーく! こらっ! よそ見してんじゃねーよ!」  社会科教師の武田晴翔が、従兄弟でもある武田佑の頭をげんこつで叩いた。  ただ今授業中であったが、窓際の席の佑の関心は黒板ではなく窓の外で走り幅跳びをしている男子生徒に占められていた。  佑が熱心に誰を見ているか、なんてお見通しの晴翔は、もう一度げんこつを落とすと、生徒達にグループワークの指示を出した。  暁東高校2年A組、武田佑がクラスの違うその男子生徒を意識しだしたのは1年の秋に行われた体育祭からである。  隣のクラスのそいつは、何人かの男子のグループの中にいたのに、やたらと目立って見えた。小さくて元気でやたら可愛い顔をして、大きな声で笑ってた。  リレーで、たまたま同じ第3走者だったそいつは走りに自信がある佑が本気になってもなかなか追い越せない程足が速くて、最後の方でやっと競り勝った。  「くっそー、負けたぁ!!」 両手を顔に天を仰いで嘆くそいつの声は、佑の耳にいつまでも余韻を残した。  佑が、それを恋だと意識したのは、幼馴染の野仲陸が数学教師とお付き合いを始めたことがきっかけだった。  陸の視線が常に数学教師の大島を追っているのは隣の席にいたら嫌でも気付く。そして、幼馴染であり唯一の友でもある佑は、最近の陸の変化に、彼の片想いが成就したことを悟った。  同時に、自分の視線がそいつに引き寄せられるのは恋をしているからだと気付かされた。  2年C組の教室の廊下側の列の中程の席で、そいつはクラスメイトと談笑しながらサンドイッチを頬張っていた。 「まやー、呼び出しみてーだぞ!」  扉近くの生徒に声をかけたら、大きな声でそいつを呼び出してくれた。 「んー?だれー?」 そう言って不思議そうにこちらを振り返ったまやと呼ばれた男は、俺を見て、僅かに頬を染めた。 「東野院真矢、ちょっと付き合ってくれない?」 「……いいけど」 昼休み中の校内はざわついていた。佑は後ろを振り返らずに、スタスタと目的地を目指して廊下を歩いた。東野院は無言で佑を追いかけてくる。佑の心臓は痛いくらい高鳴っていた。 「……で、なんか用?」 屋上は立ち入り禁止だから、屋上へと続く階段の踊り場は人気がない。その場所で、佑はようやく東野院の方を向く。痺れを切らした彼の言葉に、佑はぐっと胸を押さえた。 「あのさ、俺ってアホだから難しいことはよく分からねーんだけどさ、去年の体育祭の時からずっとあんたのことが気になって仕方なくてさ、あんたが体育してると窓の外をずっと見ちまうし、廊下とかで声がしたらあんたの姿を探しちまう。こういうのってさ、好きってことじゃねぇかなって、俺は思ったんだけど、あんたはどう思う?」 早口で捲し立てるように言った佑は、目をまん丸にしてる東野院の顔を覗き込んだ。 「近い!」 東野院が後退る。その顔が見る間に赤く染まる。 「……しんじらんねー。そんな告白ってあり?どう思うって聞かれて、俺に何て答えて欲しいわけ?」  うーんっと考えて、佑はニコッと笑った。 「俺も好きって言って俺の胸に飛び込んで来てくれたら幸せで死ねるかなって」 「……バカ、そんなんで死ぬんじゃねーよ」 呆れたようにそう言った東野院の顔はやっぱり赤くて、佑はなんか思ったより悪くない感触に心臓が煩くなる。 「東野院真矢、俺は武田佑。あなたが好きです。俺とお付き合いして下さい」  改めてそう言って、佑は頭を下げて右手を差し出した。  しばらくの沈黙ののちに、そっとその手を握られた。 「……俺もお前のことが気になってた。好きとかってよく分からねーけど、お付き合いってやつしてもいいよ」 「マジで?」 バッと顔を上げた佑は握られた手を引き寄せて東野院を抱きしめた。胸の中にいる存在に愛しさがこみ上げて、背中を抱く腕に力が入った。  自分以外の体温の暖かさに、これが夢じゃないと実感して、佑はいいかげん苦しいから離せと訴えられるまで、ぎゅうぎゅうと東野院を抱きしめていた。
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