3085人が本棚に入れています
本棚に追加
それは本当に、おまえが思うほどコントロールできているものなのか、と尋ねたことがある。
ほうっておけばいいのに、オメガの後輩を助けてやっていたときのことだ。ヒートのオメガのフェロモンに引っ張られて、自分自身のバランスが崩れる心配はないのか、と、そう。
人の忠告を聞こうともしなかった男は大丈夫だと豪語していたが、向原はとてもそうとは思えなかった。
成瀬は、向原以外の誰かに勘づかれたことはないと言う。だから大丈夫なのだと、なんの根拠もなしに笑う。
たとえそうだとしても、――今は自分だけであったとしても、いつなにかのきっかけで二人目が現れるかわからない。許せるわけがなかった。
だからあのときも、原因をつくった同級生を向原は軒並み追い出した。可能性ひとつ残していたくなかったからだ。成瀬がどう思っていようと関係ない、ただ自分のためだった。
けれど、もしかすると、こんな日が来なければいいと、らしくもなく願っていたのかもしれない。いつか必ずやってくるとわかっていたのに、それでも、と。
そんな意味のないことを、思っていてしまったのかもしれない。
「本当に、おまえは人の言うこと聞かねぇよな」
談話室の前で、そう言って向原は笑った。分厚いカーテンを閉め切って、外からの光を遮断した室内は薄暗かった。それでも誰がそこにいるのかはわかっていた。
「なぁ、成瀬」
踏み込むと、ソファーに沈んでいた頭がゆっくりと持ち上がる。連動するように甘い匂いが強くなった。
その事実に、やっぱりなと溜息を吐いてやりたくなった。
いくらヒート中のオメガがいるといっても、寮内に流れているフェロモンは濃厚すぎたのだ。発生源がもうひとつあると考えなければ、納得できないほどに。
最初のコメントを投稿しよう!