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「おまえがどこまで把握しているのかは知らんが、成瀬と高藤が連れ帰ってきたんだ。幸い今のところ寮の中は落ち着いているが」
「そうか」
「裏手の入口には柏木と寮生委員の二年が待機中で、寮生にもできる限り出歩かないように通達した。夜は入れ替わりで寮生委員が出入り口を固める。あと、それぞれのフロアもな。念のためではあってほしいが、一応の措置だ」
侵入を企てるようなやつはいないと思いたいが、と苦笑いで茅野が肩をすくめた。
「成瀬が相手だとわかっていれば、なおさらだと思いたいんだが。どうだろうな」
「この匂いだからな」
あっさりと希望的観測を打ち消して、向原もちらりと五階に目を向けた。
「素面だったら、おまえが言うとおりの判断ができるかもしれねぇけど。まぁ、無理だろ」
オメガとは、そういう生き物なのだ。アルファの本能を狂わせる、魔性の生き物。薬を飲んで耐性を上げたところで、たかが知れている。
「まぁ、なぁ」
少しの間を置いて、茅野も半ば諦めたふうに頷いた。
「薬に頼ったところで、きついものはきつい。正直なところ、俺も近づきたくはないしな。榛名のためでもあるが、俺自身のために」
「その判断ができるだけ、まだまともだろ」
「くさっても寮長だからな」
寮生の安全は守ってやらないといけない、とあたりまえの顔で言うのを、向原は黙って見ていた。性分なのかもしれないが、随分と貧乏くじを引かされている。本人はそう思ってはいないのだろうが。
櫻寮のドアも窓も完全に締め切られている。それでも、甘いフェロモンは漏れ続けていた。
「おまえや成瀬が平気そうな顔をしているのが羨ましくはあるが。なぁ、向原」
「なんだ?」
「中を頼んでもいいか。ここを離れるわけにはいかないんだ」
帰寮してくる連中に、延々と同じやりとりを行うということらしい。その手に薬瓶を返して、向原は頼みを引き受けた。
誰も五階に立ち入らせるつもりはなかったから、好都合だったのだ。
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