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「佐藤」
俺がそう声をかけられたのは、いつもの平日。仕事終わりの帰り道のことだった。
「佐藤だよな」
眼鏡をかけた同い年くらの男。優しげな顔は、どこかで見覚えがあるような。
「木下だよ、木下雄吾。小5の時同じクラスだった。覚えてない?」
「ああ!」
その名前を聞いて、俺は懐かしさに驚き、いつになく大きな声でそいつを指さしていた。木下。そう、木下だ。
「久しぶりだな、佐藤」
そういった木下の顔に、幼いときの面影が見えた。
「でも、なんで、こんなところに」
「今、こっちで仕事しててさ。佐藤こそ地元出て、こんなところにいるなんて思わなかったよ」
「確かに」
俺と木下はお互い地方の田舎出身。小学校が同じだったが、同じクラスになったのは、5年生の時が最初で最後だった。その次の年、木下は親の都合でどこかに引っ越してしまったからだ。
「でもさ、本当に久しぶり。今から、飯でもどう?」
「うん、もちろん」
俺は木下を連れ、近くの居酒屋に入った。そしてそこでたらふくの飯と酒を堪能した。昔話にも花が咲いた。
「お前さ、今こっちで何してんの?」
「ぼくかい?うーん、仲介業者みたいな」
「仲介業者って?」
「色んな人の斡旋」
「人材紹介みたいな?」
「そうそう」
「へー」
旧友に久しぶりにあったからか、酒のペースがいつもより、少し早かった。少し頭に酒がまわって来て、後半になると、木下の話はほとんど話半分に聞いていた。
「でもさ、お前、小学校の時、いじめられてて、大変だったよな」
宴もたけなわの頃、回らぬ頭で、どうしてそんなことを言ったのか、自分でもよくわからなかった。
「もの隠されたりとか、殴られたりとか、水かけられたりとか、本当、結構大変だったよな」
「はは、そうだね」
そう笑った木下の目は、確かに笑っていなかったのを覚えている。
「でも、おかげでいいこともあったよ。ぼくが今の仕事ができてるのも、そのおかげだし」
「へー、そりゃよかったな」
そういって俺はまた1杯酒を飲みほした。
「さ、どんどん飲んで」
「ああ!」
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