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「ところで、仕事はもう終わったのか?」
「ああ。終わったよ」
碓水は空を見上げる。
相変わらずどんよりとした雲が、空を覆い隠していた。
碓水が話している間も、雨は絶えず降り続いていたのだった。
「依頼通り、雨は降らせたさ」
「雨男も楽じゃないね」
「……そうだな」
ザアアと雨が一際強くなる。
傘を差して歩く人達も、強くなった雨足に辟易した顔をしていた。
「この辺りはもういいだろう。氷太ももう学校に戻りなよ」
「傘を忘れたから戻れない」
電話口で兄は溜め息をついたようだった。
「やれやれ。じゃあ、傘を持って迎えに行くよ。場所は?」
碓水が場所を告げると、兄は十分ほどで迎えに行くと返した。
「それじゃあ」と言うと、兄は通話を切ったのだった。
碓水はスマートフォンをしまうと、ズボンのポケットに手を入れて、クリーニング屋のガラス戸に寄りかかる。
横を見ると、クリーニング屋の屋根から落ちる雨水が、小さな水たまりを作っていたのだった。
「はあ。寒い」
どうやら、雨に濡れて身体が冷えてしまったようだった。雨男なのに情け無い。
碓水は水莉からもらった使い捨てカイロを開けようとして、じっとパッケージを眺める。
どこにでも売っているありきたりなパッケージ。
けれども、碓水にとっては特別なものに思えたのだった。
碓水は、代々、雨を降らせる妖怪の一族だった。
一族で女が生まれれば、雨女。男が生まれれば、雨男と周りから呼ばれてきた。
生まれてすぐは所構わず雨を降らせるが、自我が発達して、力を制御出来るようになれば、好きに雨を降らせられるようになる。
その力を生かして、碓水の一族は依頼があれば雨を降らせてきた。
日照続きの地域に住む人達や、雨を降らせて欲しい人達の願いを叶え続けてきたのだった。
今日も日照がずっと続いているこの地域に住む農家からの依頼で、碓水は雨を降らせにきた。
水莉は雨女の自分のせいだと言っていたが、本当は碓水の仕業だった。
正真正銘の妖怪・雨男である碓水のーー。
結局、碓水は水莉からもらった使い捨てカイロを開けなかった。
ポケットにしまい直すと、やまない雨をじっと見つめる。
「また、会いたいなあ……」
じめっとした雨の匂いがした。
水莉なら、雨男である碓水を受け入れてくれるかもしれない。
雨男という本当の姿の碓水を。
「あの子に会えたのなら、雨男も悪くないかな」
特に、碓水は兄弟の中でも、力を制御するのが一番下手であった。
自分が関係する学校行事やイベントの度に、碓水は雨を降らせてしまっていた。
「碓水は雨男だからな〜」
雨を降らせる度に、碓水の周りはそう言って苦笑してくれる。
碓水の周囲は、碓水が雨降らしの妖怪だと知らない。
けれども、碓水がいる学校行事やイベントの時は、いつも雨が降っているという事で、碓水は雨男だと周囲に思われていた。
碓水自身は雨降らしの力を上手く制御出来ない、そんな自分がずっと嫌いだった。
けれども、碓水の雨降らしの力のおかげで、水莉と出会えたのなら、制御が出来ないままでもいいかと思えてきたのだった。
ザアッとまた雨が強くなる。
この雨はしばらくやまないだろう。
この雨が降り続いている間、水莉は自分が雨女なのを気にして落ち込み続けるだろうか。
それだけが、碓水の気がかりだった。
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