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やはり勝負はつかない。そこで遥は考えた。可愛らしさを武器にしてみようか? 試してみる価値はあるが、目の前に立つのは実兄。普通に可愛くお願いしても無駄だろう。ならば……
遥は睨みつけていた目を逸らし、モジモジと体をくねらせる。
「どうした?」
「おにいちゃん、えっとね……その……」
「おっ、お兄ちゃん?」
「はるかね、ガルピスがのみたいの」
柔らかな瞳で見上げる姿は『お兄ちゃん、大好き』と言っていた幼い頃の遥。女は生まれながらにして女優と言うが、まさにそれだった。演技だと分かっていても、純粋で可愛かった頃の面影が激しく心を揺さぶる。
「うっ……あ……」
勝った……そう感じた遥は、無垢な瞳のまま顔を崩さず、心でガッツポーズをした。
この時点で、智樹の敗北は火を見るより明らかだ。しかし、心が折れかけた智樹は、薄れゆく意識の中で母の言葉を思い出す。
『智樹、パートに行くから留守番よろしく。あっ、そうそう。お父さんがお酒を飲んでアレを全部使っちゃったから作っておいて。宜しくね』
それは、数時間前に母から伝えられた言葉。話半分で聞いていたから忘れていたが、今は驚くほど鮮明に思い出される。
アレとは? お酒飲む為に使ったもの?
作っておいていてくれという事は……氷だ! つまり、冷凍庫の中に氷は無い。
智樹は心の中で勝ち誇った笑みを浮かべ、優しい瞳を遥に向けた。
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