はじめてのミスコン

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はじめてのミスコン

    「……というわけで、深谷(ふかや)真由子(まゆこ)さん。あなたには、今回のコンテストの参加資格があるわけです。どうしますか?」  黒スーツを着た担当官の言葉に、真由子は、ため息をつきたい気分になった。  あーだこーだと長々説明されたが、簡単に言えば、ミスコンのようなものではないか。年齢とか、暮らしていた地域とか、いくつかの条件が合致したから「出場しませんか?」と誘われたのだ。  真由子は本来、ミスコンの(たぐ)いとは無縁な女性。容姿は人並みに過ぎないし、地味に生きてきたという自覚もある。周りにもミスコンに出るような知り合いはいなかったし、そもそもミスコンという概念そのものが、女性をモノとして扱っているようで虫が好かないのだが……。  だからといって、今は自分のポリシーに殉じている場合ではなかった。これは、今後の『人生』がかかったコンテストなのだ。 「はい、お願いします。ぜひ出場させてください」  実際の気持ち以上に熱心な口調で、真由子は頭を下げるのだった。 ―――――――――――― 「では、エントリーナンバー41番の(かた)。お名前とアピールポイントをどうぞ」 「はい! 41番、椎名(しいな)さゆりです! 私は昔からモノマネが得意なので……」  スーツもネクタイも黒で統一した審査員たちを前にして。  清楚な白い和服に包まれた女性が、舞台の上で、ハキハキと受け答えをしている。  いよいよ次は自分の番だ……。『42番』という(ふだ)を手にした真由子は、舞台袖で少しドキドキしながら、ひとつ前の女性のパフォーマンスに視線を向けていた。 「……ここで、先輩たちの真似をさせていただきます!」  椎名さゆりと名乗った41番は、見た感じ、二十代の後半くらい。こんなところに来る前は、真由子と同じく、OLだったのではないだろうか。  もちろん今の着物姿には、OLらしさなど微塵も感じられないが……。このコンテストでは、よくある水着審査など存在しない代わりに、最初から最後まで着物の着用が義務付けられていた。  真由子と同じで、41番の着物も、ここでレンタルした衣装のはず。大半の参加者は白や黒のシンプルな着物を選んでおり、現在41番が(おこな)っている『先輩たちの真似』をする上でも、純白の和服は都合がいいようだった。  それに比べて、自分の姿はどうだろう。舞台袖に用意されている――おそらく最後に身だしなみを整えるための――大きな鏡で、もう一度、確認してみる真由子。  紫色を基調として、ピンクのアザミ柄が入った着物。  彼女は特に打算もなく、何となく気に入ったそれを手に取り、着ているのだった。 「いいよね、別に。今までは、成人式とか卒業式くらいしか、こういうの着る機会なかったし……。どうせ、これが最後だろうからなあ」  と、自分に言い聞かせていると。 「ありがとうございました。では、次の(かた)、どうぞ!」  という声が聞こえてくる。  さあ、ついに自分の番が来た。  そう思いながら真由子は、41番が舞台袖に引っ込むのと入れ違いに、舞台中央へ、つまりスポットライトに照らされた場所へと歩み出る。 「では、エントリーナンバー42番の(かた)。お名前とアピールポイントをどうぞ」 「よろしくお願いします。42番、深谷真由子です。特にアピールポイントはありませんので、私は……」 ――――――――――――  そして全員の審査が終わり、しばらく待たされた後。  大会議室のような広い部屋に集められ、いよいよ結果発表の時間となる。 「お待たせしました。第3962回、西多摩地区、選抜コンテストの結果をお知らせします。今回選ばれましたのは、エントリーナンバー42番、深谷真由子さんです。おめでとうございます!」  アナウンスと同時に、室内がざわめき始める。 「えっ、私じゃないの?」 「42番って誰よ。もしかして、あの地味な女?」 「なんであんな()が! まさか、審査員に賄賂とか、枕とか……」 「いやいや、大学のミスコンじゃあるまいし。枕営業は無理でしょ」  その全てを聞き取れたわけではないが、それでも真由子は、はっきりと感じていた。この騒音のほとんどが、自分に向けられた怨嗟と嫉妬の声なのだ、と。  しかし。  突然、それらの雑音が一切、聞こえなくなった。  いや、音だけではない。周りにいた他の参加者たちの姿が、全て消えてしまったのだ。 「!?」  驚いて周囲を見回していると……。  最初の黒スーツの担当官が、真由子に近寄ってくる。 「ああ、安心してください。消えたのは、失格者だけですから。ほら、最初に説明しましたよね? 幽霊としてこの世に留まるのは一人のみ、残りは記憶も意識も削除(デリート)されて、即座に輪廻転生のシステムに組み込まれる、って」  ここに集められた参加者は全て、若くして亡くなった女性たちの魂。普通は死んだら転生させられるのだが、今回、この地区で幽霊に欠員が出たため、新しく一人を選び出すことになっていた。  もちろん、真由子も最初にその話を聞かされている。特に『転生』の部分について詳しく。  彼女を担当した死神が語ったところによれば、最近の若者に『転生』の話をすると、なぜか「意識や記憶を保ったまま生まれ変われる」と勘違いされることが多いらしい。中には「姿形や年齢も同じままで」と思う者までいるそうだ。 「それじゃ『転生』にならないですよねえ……」  と苦笑する、黒スーツの死神。  だから口を酸っぱくして「記憶も意識も消える」という点を強調するのだという。  その話を聞かされて、真由子は思ったのだった。記憶も意識も消えるのであれば、もはや『転生』というよりも、魂が消滅するようなものではないか、と。新しい魂を作るための素材として、自分の魂が使い潰されるようなものではないか、と。  だとしたら、そんな『転生』に興味はない。幽霊として現世に留まれるならば、その方が、よっぽどいい。  かくして、真由子は生まれて初めて――いや正確には死んだ今になって初めて――、ミスコンに挑戦することになり……。  その栄冠の座を勝ち取ったのだった。 「これで……。私は消されることなく、幽霊として残れるのですね?」  驚きと喜びの入り混じった気持ちで、あらためて確認してしまう真由子。 「はい、そうです。ただし『永遠に』ではないですから、そこは注意してくださいね。いずれは経年劣化で魂も磨耗して、消滅してしまいますから……。その前に、輪廻転生の方に送られることになるでしょう」  そんな説明、ミスコンの前にはなかったと思うが……。 「まあ、安心してください。その時は、また次の選抜コンテストが開かれて、後任が送られてきますから。安心して、幽霊を引退できますよ」  ああ、そうだ。そもそも最初に「この地区で幽霊に欠員が出たため」と言われている以上、いつかは自分も、幽霊ではいられない時を迎えるわけだ……。  あらためて、自分の『今後』を考えてしまう真由子。  そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、黒スーツの死神は、のんきな話を始めていた。 「あなたの衣装、良く似合ってましたよ。特に、アザミ模様が素敵だった。アザミには『復讐』という意味の花言葉もありますからね。生者を怖がらせる亡者にはピッタリだ!」 「はあ、ありがとうございます」  真由子は、アザミの花言葉なんて知らなかったのだが、今さら「偶然でした」とは言わない方がいいだろう。 「そういえば、あなたの一つ前の人。昔の幽霊の真似をすることで『上手に幽霊できるもん』ってアピールしてましたが……。あれはダメですよねえ。今の時代、もう二番煎じは受けませんから」  真由子も、はっきりと覚えている。白装束の41番が、彼女自身の口で「ヒュードロドロ」とセルフ効果音を出しながら、古典的な幽霊の身振り手振りをやってみせたのを。  一方、真由子にはアピールポイントはなく、だから「生きていた時の姿のまま、等身大の幽霊を務めさせていただきます」と宣言したのだが……。 「だいたい、昔のミス幽霊コンテストだったら、絶世の美女ばかり選ばれる傾向がありました。現世の人々も『幽霊ってそういうものだ』と思っていたようですから……。でも人の好みも時代と共に変わるもので、今は『どこにでもいそう』とか『ちょっと可愛い』みたいな、素人感覚が受ける時代ですからねえ。その意味でも、あなたみたいな人がピッタリですよ!」  この担当官は『今は』と言っているが、むしろそれは、昭和末期の頃に生まれたアイドルグループのコンセプトではないだろうか。  死神とは、なんとも時代遅れな部分がある存在らしい。  いや、もしかすると彼ら死神の時間感覚では、30年や40年も一瞬なのかもしれない。ならば、現世の人間とは感覚にズレが生じるのも、仕方のないことかもしれない……。  そんなことを考える真由子の肩を、担当の死神が、優しくポンと叩く。 「さあ、真由子さん。そろそろ、現世に戻る時間です。今後の活躍を期待していますよ」 「ああ、はい。ありがとうござい……」  別れる前に一応、礼を述べておこうと思ったのだが、最後まで言い切ることは出来なかった。  いつのまにか、死神の姿が消えていたのだ。  いや正確には、真由子の居場所の方が変わっていた、というべきだろう。先ほどまでの広い部屋ではなく、暗い森のような場所に立っていたのだから。  目の前には、大きなトンネルがある。それほど長いトンネルではないとみえて、反対側の出口から光が射し込んでいるのが見えていた。 「あの光の向こう側……。トンネルを抜けると、そこに現世が待っているのね」  直感的に悟った真由子は、アザミ柄の着物姿に相応しく、しずしずと歩き出した。  幽霊としての、第二の『人生』に向かって。 (『はじめてのミスコン』完)    
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