覗き色

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それから俺とカメレオンさんの攻防は数日続いた。 攻防、と言っていいのか分からないけれどとにかくあの人は毎日校門近くで待っていて、通行人の振りをして俺の直ぐ近くを通り過ぎるのだ。 姿も歩き方も匂いも、日によって全然違った。小さい子供は流石に無理みたいだったけれど、その人は老若男女に自由自在に成り済まして俺が近くに来るのを待っていた。 俺も俺で、気付いてしまうと何故だかどうしてもそのままにしておけなくて、ついつい声を掛けてしまうのだった。 その度にカメレオンさんは「またぁ?」と落胆の溜め息を零すけれど、その表情には何処か安堵の色も混じっている気がして…。 迷子を見つけたような、庇護欲を掻き立てられるようなおかしな気分になってしまうことは言わないでおこうと思う。 そうして今日は…スーツを着たサラリーマン風の男性か。見た感じは三十代前半くらいで髪は後ろに流されていて、いかにも仕事の出来る男って感じがする。 昨日は確か二十代前半くらいの女子大学生だったのにな。話してみると声も違うし、本当に振り幅が広いなぁと毎回感心してしまう。 「こんにちは。毎日よく飽きませんねカメ…タカハシさん」 今日こそ通り過ぎようかと思ったけどやっぱり止めた。だって気付いてしまったら無視するのも申し訳無い気がするし。そんなこんなで、結局毎日挨拶をしてしまうんだよな。 そうして俺が彼を見つけていつも通りぺこりと挨拶してみせると、カメレオンさん改めタカハシさんは「またかぁ!」と手の平で額を押さえて空を仰いでみせた。 「カメタカハシさん…」 「しょうがないでしょう慣れないんですから…すみませんて」 「それは別にいいけどおもろいから。それにしてもどうして毎回分かるの?全っ然違うカッコしてるのにさぁ」 「どうしてって言われましても。………何となく?」 うん、何となく。 「動物的勘ってこと?」 「その言われ方は何かやですね」 「でもだってさ、そういうコトじゃん?」 何で同一人物だって分かるのか、具体的な説明を求められてもそんなの俺にだって分からない。本当にただ何となくで、そうじゃないかなって思うだけ。 これだ、という目立った特徴がどの変装パターンでもある訳じゃないし、他の人が見たらきっと全部が別人に見えるのかも知れない。 だけどまぁ、一つ心当たりを挙げるとするとするならば。 「まぁ強いて言うなら…」 「言うなら…?」 期待に満ちた眼差しが俺の顔を覗き込む。今日は黒いその瞳に違和感がある訳じゃあないのだけれど、ただ「やっぱり違うんだろうな」と思うのだ。 この瞳もきっと、この人本来の色ではないのだと。何となく靄のような落胆が浮かんでは消えていく感覚がするんだ。どうして違うと思う度に俺が落胆しなきゃならないのかは、分からないんだけれど。 この人だと分かるのは本当に何となくの感覚でしかないのだが、決定打はやはりその憎らしく不可思議な瞳だ。と思う。 「瞳、ですかね」 「瞳」 「まぁ強いて言うなら、ですけど」 「目で分かるの?」 「別にそれだけじゃないですけど、まぁ多分」 自分でも確証は無いので、「多分」と付け加えるしかない。それでもご自慢の変装を見抜かれる確固たる理由が知りたいのか、タカハシさんは追及の手を緩める気はないようだった。 「カラコン入れてても?」 「はい」 「色とか違うじゃん。メイクで大きさとか違って見えても?」 「はい」 「………何ていうか、きみは本当に不思議なコだね」 「変わってるとは、よく言われます」 聞き慣れた言葉。その言葉が果たして良い意味か悪い意味かは、俺には分からないんですけどね。 言い方の所為だろうか。先日はちょっと不快に思えてしまった枠からはみ出しているような言葉も、今回は嫌な気持ちにならなかったな。 同じ人から言われているのに嫌な気持ちになったり穏やかな気持ちになったり。全く理解し難いものだ。 本当、基準がよく分かんないな。 それにしてもこの人は本当何がしたいんだろう。見上げているとバチッと視線が絡まる。 すると暫くまじまじと俺を見下ろしていた彼が逡巡の後、やがてゆっくりと口を開いた。まるでとても綺麗な貝殻を見つけた子供みたいな表情である。 「どうしよ」 「はい?」 「確定したわ」 「何がですか」 「おれ、きみに興味持っちゃったみたい」 「別に良いコトなんて無いですよ。俺なんかに興味持ったって」 隠しもせずに吐いた溜め息は、ただ初夏の空気に混じって消えた。それなのに偽物の色を纏った瞳の輝きは消えるどころか増していくようで、その輝きを惜しげもなく俺へと放つ。 全く…懐く人は選べよって、近所の野良猫にも何回言ったことだろう。
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