覗き色

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今日は一体どんな格好をしてくるのかな。最早あの人の姿を見つけるのが日常の一部になりつつある、そんな日だった。 いつも通り校門を出て公園の側を通ると、いつかのベンチに人影があるのを見つけた。何を考えるでもなく俺は引力に従うようにその人影に近付く。 するとまるで俺が来るのを分かっていたかのようにその青年は顔を上げ、にやりとほくそ笑んだ。 黒い髪に、空の真ん中みたいに濃いブルーの瞳。 キャップを深く被っているが、遠目から見ても結構整った顔立ちに見える。年齢は十代後半か二十代前半ってところだろうか。 帽子からはみ出る癖っ毛を綺麗な指先で弄びながら、もう片方の手でクリアファイルを持ってその人は俺を見た。 桜の木の下の古びたベンチ。隣に一人分のスペースを空けてそこに座るよう促される。 俺は彼の指示通り、鞄を膝に置いて自分もベンチに座った。桜はもうとっくに散り終わっていて、彩度の高い緑色の葉っぱが空を覆うように生い茂っている。 「こんにちはタカハシさん。今日はここに居たんですね」 どうりで校門近くに居ないと思った。 「こんにちはぁ、りょうくん。学校お疲れ様」 あ、名前。俺言ったことあったっけ。 ぱちくりと瞬きをする俺を可笑しそうに見下ろしてから、今日は青年の格好をしたタカハシさんが手元のクリアファイルに視線を落として続けた。 「倉橋 凛陽くん十七歳。親は小学四年生の時に離婚、母親に引き取られ父親は離婚後消息不明。看護師の母に育てられ家に独りで居る事も多く家事全般が得意。苦手科目は体育だがそれ以外はほぼ上位の成績をキープ。優等生ってやつだね。あと自分は興味無いのに何故だか動物に好かれやすい、と。それは何か分かる気がする」 「どうしてそんなことを」 「分かるのかって?探偵舐めんなよ」 やっぱり暇なのかな。というか今更だけど、この人探偵さんだったのか…。探偵さんって実在したのか。ドラマとかでしか見たことないや。 「違いますよ。別にそれくらい調べるのは容易かも知れないでしょうが、どうしてわざわざ俺なんかのことを」 「言っただろ。興味あるって」 「まぁ普通に考えて犯罪に近いですが」 「調べてやろうか?…父親の居所」 俺の言葉なんて華麗にスルーして、その人はファイルをひらひら俺に見せつけるように揺らめかせた。帽子と髪に隠された青が妖しく揺れて、まるで俺を試しているみたいだった。 動揺する姿が見たかったのだろうか。意地悪な人だと思わないでもなかったが残念、その試みは失敗ですよ。 「結構です。概ね別の女でも作ってどこか遠い所で暮らしてるんでしょう」 「興味無いんだ」 「そんなことを考える暇があるなら、もっと有意義なことに頭を使います」 「例えば?」 「その格好も変装でしょ」 「これが本当の姿だよ?」 「…それを信じたら、もう俺に構うのやめてくれるんですか」 見開かれた濃い青色をまじまじと見て、ふいっと顔を正面に向け直した。やっぱり桜は散る時こそが美しいのだと実感してからそう時間も経っていないと思うのだけど、季節が移り変わるのなんてあっという間だ。 そんなあっという間に移り変わる季節の中でも俺はまだ、この人の本当の色を見てはいない。空よりも濃いこの色だって綺麗ではあるけれどきっと、これも違うから。 きっとこれも、あなたの本当ではないんでしょう。 「…やっぱりきみは気味が悪いね」 「そうでしょう、ならもういいでしょ」 あの時言われた台詞を反芻するみたいに同じ場所で同じ人が言う。あの時は嫌な気持ちにはならなかったけど何故だろう、今度は少し胸が軋む心地がした。ような気がする。 この人にどう思われたって別に、俺にはどうでもいい筈なのにな。ちょっと意地悪く言われたからかな。自分の気持ちなのによく分からなくて、「まぁいいか」と蓋をすることに慣れてしまった。 仕舞った気持ちがいつか溢れることなんて想像もしていないままで。 「おれに構われるのイヤ?」 「イヤっていうか、意味が分かんないです」 何で俺に構うのか。…って、正体をすぐに見破っちゃうからか。 「そう。じゃあおれとの時間をもっと有意義に感じてもらおう」 「はい?」 「うーん…」 有意義なこと、ね…。 何かぶつぶつ呟きながら顎に手を当て考える探偵さん。やがて何か名案でも思い付いたのか、タカハシさんはパッと顔を上げると有無を言わさぬ勢いで俺に提案した。 「時に凛陽くん。お金は欲しいかね?」 「まぁ生活費は…あるに越したことはないですけど」 いまいちタカハシさんの真意が掴めないまま質問に答えると、彼は「よしきた!」と言わんばかりに顔を輝かせて俺の肩を掴んだ。 「だったらさ、おれんトコでバイトしない?」 「………は?」
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