覗き色

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うわぁ、汚い…。 というか、ごちゃごちゃしてるな。 というのが、タカハシさんの事務所を初めて訪れた時の感想だった。 案内された建物は表から見ると古過ぎず新し過ぎず、小ぢんまりとした印象だった。一階はどうやら空いているらしく、現在はテナント募集中らしい。 厨房の様な設備が見えるから、元は飲食店だったのかも知れない。 彼の探偵事務所は二階。建物の横にある少し急な階段を上がって扉を見ると、磨硝子の部分に「タカハシ探偵事務所」と簡素な看板が引っ掛けられていた。「タカハシ」ってカタカナなんだ…。 言われなきゃこんなところに探偵事務所があるなんてとても分からないが、果たして本当に商売としてやっていけているんだろうか…。 そんな考えが思い切り顔に出ていたのか、鍵を開けたタカハシさんは振り返って意地の悪い笑みを浮かべる。 ちなみに今日は老年の紳士の姿をしているので、笑うとちょっと口端の皺が濃くなって見えた。 「どうぞお入りください?ようこそ我が城へ」 わざとなのだろう。 紳士は恭しくそう言って執事のように腰を折り、俺を事務所の中へと案内する。 一歩踏み入れたそこは応接室のようになっていて、決して高そうではないが座り心地の良さそうな長いソファと一人掛けのソファがローテーブルを挟んで並べられていた。 周りには本棚のようなものが一つ二つ。埃っぽい窓と、そこから差し込む僅かな陽の光で部屋の中は薄暗く照らされていた。 応接室の向こう側にはまた扉があって、その部屋をまじまじと眺める間もなく紳士は俺をその扉の中へと引き摺っていった。 この人見た目がどれだけ変わっても力は強いし案外荒っぽいんだよなぁと、しみじみ思う。別にいいんだけどさ。 そうして案内された応接室の向こう側の部屋を見て零した感想が、「うわぁ、汚い…」だった。 恐らくここにはお客さんは立ち入らないのだろう。だからこそ、というか、やりたい放題というか…。 あちらこちらに散らばった書類の山と、食べ終わったまんまのカップ麺の容器と、簡易的なソファに無造作に投げ捨てられた毛布と…。 まさに仕事場と生活スペースが一緒くたになった部屋みたいな。そんな感じがした。 「いやぁ、ここに誰か入れたのはきみが初めてだよ」 「そうなんですか」 「そうなんですよ」 「まさかとは思いますけど、その…ここで暮らしてます?」 「ここで暮らしてますが?」 やっぱりかぁ。 にこりと微笑んだ老年姿の紳士。見た目は六十代は超えてる癖に、瞳の奥の意地悪そうな光は消えてやいない。 「トイレとかどうしてるんですか?」 「一階にございますよ」 「じゃあお風呂は?」 「シャワーだけならそれも一階に。あと近所に銭湯もありますね」 「アンタ銭湯とか行くんですか…?」 「ま、ほとんど行かないね」 だろうなぁ。だって変装したまま銭湯なんて、どうやって入るんだって話だし。いやでも、顔だけなら何とかなるのだろうか。 見た限り食生活も偏ってそうだし、この人の生活習慣が気になってしょうがない。灰皿とかは見当たらないから、タバコは吸わないのかな。 「タバコは吸わないけど、それっぽいキャラの時はちょっと吸うかな。好きじゃないけど」 「え、声に出てました?」 「顔に出てました」 「えぇ…」 「探偵だからね。相手が何を考えてるのか、多少は分かっちゃうのさ。特にきみは自分で思ってるより表情に出やすい。詐欺とか気を付けなよ」 「今まさに実感していますよ…」 物が溢れてごちゃごちゃした部屋。きっとベッドにもなるのだろうソファに無造作に投げ捨てられた薄い毛布と、やっぱり埃っぽい窓際。 この人がどんな生活をしているのかなんて興味は無かった筈なのに、いざ目の前にしてみると不思議と部屋の中のもの一つ一つから目が離せない。 本当の顔も知らないのに、変な話だ。 まじまじと部屋の中を眺め回していると突如視界の中心に紳士の顔が現れて、くいと肩を押された。 ポフッと軽く埃を立ててソファーベッドの上に座らされた俺の目の前にパイプ椅子を引っ張ってきた彼は、背凭れを正面にしてそれに座る。 そうして俺を見下ろしながら彼はまた、にぃっと口端の皺を濃くした。 「ところでりょうくん、きみバイトすんの初めてだよね」 「流石もう調査済みですね」 「やだなぁ、ただの確認だよ」 家庭環境から学校での成績、また俺の体質まで把握済みの彼にとっては俺のバイト経験の有無について調べることなど朝飯前なんだろう。 彼越しにぼやけて見えるカップ麺の容器に空のペットボトル。身に付いた習性からなのか、この部屋のゴミというゴミを片付けてしまいたい衝動を抑えながら俺はタカハシさんの話を聞いた。 「で、俺の仕事内容は?」 「きみにやってもらうのは、おれの助手…みたいな」 「みたいな」 「軽く事務所の掃除したりー、お客さんが来たらお茶とか出してちょっとお話したりー、あと色々調査の手助けとかかな」 「探偵事務所の依頼って、やっぱり浮気調査とかですか?」 「まぁそれもあるけど、ホント色々だよ。探し物を探して欲しいとか、ただ相談に乗って欲しいだけなんてのも稀にあるなぁ。あぁ言っとくけど、ドラマみたく事件の捜査に関わるみたいなのは無いから。危ないことはほとんど無いよ」 「ほとんどですか」 「全然無いよ」 更に笑みを濃くした辺り、怪しさが増した気がしないでもないけれど。きっと本当に色んな依頼があるんだろうなぁ。というか、探偵なんて職業はドラマやアニメくらいでしか見たことが無かったから正直少しどきどきしている。 助手なんて大層な響きだが、果たして俺に務まるのだろうか。
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