第1話 こうして彼らは恋人になった

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「やぁ刃君、おはよう! 昨夜はお楽しみだったみたいだね! だね!」 「刃君? 納得のいく説明はしてもらえるんだよね?」  次の日の朝、亮と美瑛が刃の家の戸を叩いた。まだ朝の7時。冬休みとはいえ人と遊ぶには早すぎる時間だ。  辺りの冷えた空気が肺に刺さっているのに、笑顔の2人の背後からはメラメラと燃え上がる何かを感じ、射殺すような視線が刺さる。  ここには当事者の刃に美瑛に亮、それに光と蓮も加わり刃の彼女が勢ぞろいしていた。 「いや、昨日はちょっとアクシデントというかなんというか……というか2人とも今日はなんでこんな朝早くに?」 「あぁ。今日は刃君に会いたい人がいたから連れてきたんだ」 「会いたい人?」  こんな朝早くから誰だろうと彼女達の背後を見ると、2人は自動車で来ていたらしく、刃の家の前には1台の車が止まっている。 「という訳で、『娘を(たぶら)かした奴絶対許さないマン三銃士』を連れてきたよ」 「「娘を(たぶら)かした奴絶対許さないマン三銃士!?」」 「申し訳ございませんでしたぁ!!!」  美瑛の一言に光と蓮は驚愕し、刃は即座に土下座する。なぜなら、心当たりがありすぎるから。 「(大丈夫、美瑛ちゃんは三銃士と言った。つまり来るのは3人。その中には穏便な人が1人はいるはず。なんとか事情を説明すれば命くらいは……!)」 「まずは1人目。手塩にかけた娘2人のキスシーンや告白シーンをあらゆる場所に拡散されて質問攻めにあい、まともに寝ることも出来なくなった我が父(マイダディー)」 「殺す」  1人目はダメだ。一見すればメガネの知的な男性に見えるが、そのメガネの奥の瞳が血走っている。あれはただ寝不足なだけではない。 「2人目は唯一の2人の孫を二股されて刺し違えてでもそいつを殺すと公言している我が祖父(おじいちゃん)」 「殺す」  2人目もダメだ。一見すればひ弱そうな杖をついた老人だが、毛深い白の眉から覗く瞳は猛獣のそれ。情状酌量はないだろう。  となれば最後の1人。見るからにおっとりした女性。おそらく美瑛と亮の母親だ。大丈夫、きっと彼女は温厚な性格、どこかに生き延びる術が── 「最後はお腹を痛めてやっと産んだ可愛い双子の娘を二股されて、更に四股している事実を知り女性に対して舐めた行動をしている刃君を誰よりも軽蔑している我が母(おかあさん)」 「殺しはしないわ、貴方が殺してくれと言うまでは」 「……せめて、一思いに一撃で……」  ダメだ。全ての道が同じ結末に続いている。四股も事実、言い訳の余地もない。万事休すか……! 「……ってとこで、もういい? 3人とも」 「あぁ。とりあえず、今はな」  と、何やら交わされた会話に刃が顔を上げると、三銃士から怒気が消えていた。 「……という訳で、家にあがらせて貰えないかな、火野刃君。今日は、君と話をしに来たんだ」 「……まずは、ありがとう」  リビングに通してお茶を用意して持ってきた最中、いきなり美瑛達の父は頭を下げた。それに習い、ほかの2人も頭を下げる。 「へ!? なんで感謝されるんですか!? 俺は感謝されるようなことなんて……!」 「あの日の話は全て、娘たちや九尾様が話してくれた。あのキスも娘を殺さない為にやってくれたこと、君には他に好きな子がいること、にも関わらず美瑛の為に世間の敵になったこと、他の子に脅迫されて四股『させられた』こと、何もかもね」  言われたことはたしかに全て事実とはいえ、すごい状況になったものだと刃はどこか上の空で聞いていた。 「最初はどこかに嘘があるかと思ったのだが、わざわざ九尾様が『嘘発見器』まで持参して我が家に説明に来てくれたのだ。『あのままであれば亮を確実に殺していた』という言葉が本気だったと分かった時はさすがに血の気が引いたよ」  どうやらクズネが火消しに回ってくれていたらしい。おかげで命は助かりそうだ。 「だが、娘を四股されたことは素直に面白くは無いからね。一芝居打たせてもらったというわけだ。悪かったね、驚かせて」 「い、いえ。分かってもらえてるなら良かったです」  こちらとしては寿命が10年は縮んだ気分だが、その程度で済んだことを幸運と思うことにする。 「そこで話し合ったんだが……しばらく君の家で娘達を預かって貰えないだろうか」 「…………はい?」  と、そこで想定外の提案が飛んできた。 「な、なんでですか? 娘を男の家に泊めるのは親としては危ないんじゃ……」 「言っただろう。全ての事情は聞いていると。詳しいことは分からないが、何かの拍子にまた『あの状態』になったら亮はまた危ない状況に陥る。その時に我が家では……申し訳ないが、対応出来る自信はない」  悔しそうに拳を握る父に刃はやっと状況を理解する。たしかにあの『ノワール』の状態になった亮を普通の人に止めるのは不可能だ。間違いなく被害者が出る。  あの時だって刃がいなければ、クズネが殺すしか手がなかった訳だし、刃の傍に置いておきたい理由もわかる。
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