第1話 こうして彼らは恋人になった

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「じゃあ、刃君。これからよろしくね」 「よ、よろしく、お願いします」 「あぁ。美瑛ちゃんに亮も、こんな俺でいいのかは疑問だけどな」  話が一段落し、辺りが暗くなってきたので今日は一旦解散することになった。皆が帰り支度をして玄関に向かう中、 「……光。美瑛と亮も、よろしくね」  何故か、蓮だけが刃の隣にいる。 「……蓮? お前も帰るんだぞ?」 「え? 帰らないよ?」 『……は?』  その言葉に、その場にいた全員が疑問を呈する。 「……なんで帰らないんだ?」 「これから私、この家に住むから」 「刃? どういうことか説明してもらえるかしら?」 「刃君? 私からもお願いするかな」 「……刃君? 私達は所詮かませってことかな? かな?」 「家主が初めて聞く事実なんだけど!?」  いきなり突きつけられた現実を否定しつつ、とりあえず蓮に向き直る。 「蓮。俺はそんな許可出した記憶はないんだが」 「今言ったから」 「断る。帰ってくれ」 「そうしたら私、野宿になる」 「は? なんで!?」 「家を追い出されたから、行く宛てがない」  衝撃の事実に開いた口が塞がらない。そんな馬鹿な話があるかと思ったが、それが事実なら無視できる話では無い。 「……嘘では無いのか?」 「流石に、こんな卑怯な嘘はつかない」 「さっき脅迫した人が何か言ってる」 「恋人になれたし、これで暫くは家を確保できた」 「おい待て蓮。まさかこっちが本命か? 泊まる家を確保するために、わざわざ無理矢理恋人になったんじゃ……」 「刃、大好きよ」 「今じゃ一切信用ならねぇ!」 「……蓮。本当に、家には帰れないのか?」 「うん。ついでに言えば、下着とか着替えは持たせてもらったけど、お金は最低限しか持ってない」  そう言って彼女は持ってきたキャリーケースを叩く。これはマジなやつだとその場の全員が理解する。  だとすれば、この寒空の下に放り出すことだけはできない。そんなことをすれば凍死は確実だ。 「……一応聞きたいんだけど、他の人の家は……?」 「知ってるとは思うけど、私の家は無理よ。藍みたいな小さい子ならまだしも、道場にむさい男共が下宿してる中で蓮みたいな女の子が生活できないもの」 「う、うちも流石に今すぐには……ねぇ、お姉ちゃん?」 「そうねぇ。前もって言ってあるならまだしも、今すぐ泊めるのは無理でしょうね。ただでさえ私達はこの前の件でお父さん達からお叱りを受けたばっかりだし」 「俺の家も無理だ。流石に一人暮らしの男の家に女子を、しかも人様の彼女を泊める訳にはいかん」 「ワイは実家やけど、流斗に同じくやな。まぁ、凪ちゃんなら別やけど」 「わ、私なら泊まっていいのか!? な、なら今すぐにでも……! あ、私の家は無理だが、宿泊施設なら手配出来るかもしれん。特待生の権限を使えば……」 「この時期に、宿泊施設に空きがあると思うのか?」 「? この時期とはどういう意味だ?」  そう。今日はクリスマス。つまり『せいや』というやつだ。こんな日に宿泊施設が埋まっていないはずがない。  分かっていたが全滅だ。こうなったらいよいよもって刃の家に泊まるしかない。幸いにも刃の家は藍と2人で住むには大きすぎる一軒家。部屋は余っている。 「……分かった。とりあえず今日は泊まってくれていい。明日から冬休みだし、明日のことは明日考えるとしよう」 「……分かった」 「……刃。わかってるとは思うけど、蓮に変なことするんじゃないわよ?」 「藍もいるんだぞ? できるわけないだろ」 「そう思っていた時期が、俺にもありました」  その日の夜。ベッドで寝ていた刃の上に馬乗りになった蓮がいた。 「一応聞いておくが、どういうつもりだ、蓮」 「先手必勝」 「オーケー、よく分かった」 「以心伝心」 「多分全く伝わってはいないみたいだけどな」 「諸行無常?」 「絶対意味違うだろ」  そう問答を繰り返しながら藍を見ると、スヤスヤと熟睡している。この騒ぎでも起きないということは、蓮が何か仕掛けたらしい。 「安心して。藍の周りは結界で覆っているから物音で起きることは無い」 「俺自身の身の危険については安心できない」 「据え膳食わぬは男の恥」 「どちらかというと食われそうなのは俺だろ!?」 「刃、目を閉じて」  蓮は目を閉じて顔を近づけてくる。あくまで強行突破しようとしているらしい。 ──ギュッ。 「……え?」 「そこまでよ、蓮」  ならば、こちらも強行突破といこうじゃないか。窓を開けて入ってきた光が蓮の首根っこを掴んだ。これで彼女は動けない。 「光? な、なんでここに……それになんで窓から……」 「さっき別れる時に、刃からハンドサインがあったのよ。『窓を開けておく』ってね」  そう。これこそ幼馴染特有の互いにしか意味が伝わらないサイン。念の為に予防線を貼っておいて正解だった。 「全く。油断も隙もあったもんじゃないわね。こんなんじゃ、家を追い出されたなんて話も眉唾物よ?」 「……それは本当。親と喧嘩して、そんなに言うなら好きなように生きてみろって追い出された」  そう言われて刃も光も言葉を失った。家庭の事情はそれぞれ。詳しい事情を分かっていないのにこちらの考えを彼女に押し付ける訳にも行かない。 「……だったら、まずは家主の言うことくらい聞きなさいよ。泊めてもらうならまずはそこからでしょ」 「うん。だから、刃に抱いてもらおうとした」 「……ん?」
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