指先だけ触れる距離

Distance.１ 前の席の〈彼〉

担任は40代くらいの明るい雰囲気の女の先生だった。

彼女は私たちの前で挨拶をすると、入学式の前に生徒に配るプリントを教卓の上にどさりと乗せた。

それから一番前の列に座る生徒たちに束になったプリントを分けて、自分の分をとって後ろにまわしていくよう指示を出す。

カサカサと音をたてながら、プリントが後ろに向かってリレーされていく。

ぼーっと待っていると、やがて私のところにもプリントが回ってきた。

前の席の男子が、私のことを振り返ることなく、プリントを持った手を後ろに伸ばす。

回されてきたそれを受け取ろうと、私も手を伸ばす。

だけど私がしっかりと受け取る前に、前の席の男子が持っていたプリントを離した。

「あ」

私の指を滑ってプリントが床に落ちる。

「あ、悪ぃ」

私が受け取りそびれたことに気がついた前の席の男子は、振り向いて頭をさげると床に落ちたプリントに手を伸ばした。