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助手席に収まると、父は黙って発車させた。
「どっか行きたいとこあるんだ?」
「いや。…そういう訳じゃない」
そう言ったきり、黙ってハンドルを切る。元々口数の少ない人だから、気にせずいつも通り俺も黙っていた。無言のまま、後ろに流れていく景色を見る。深夜の田舎道に何がある訳じゃなし、眠っているような町並と暗い道がただ延々と続いた。心地いい振動と沈黙についウトウトして、重い瞼を擦ると、
「眠いか。すまんなあ」
と、父は前を向いたまま言った。
「ごめんごめん。でも大丈夫だから」
仕事も休みだしね、そう言うと安心したように軽く頷いた。
俺は、自分が眠ってしまわない程度に話すことにした。三軒向こうのコンビニがコインランドリーに変わったとか、幼馴染の飼い猫が今年で二十歳だとか、そんなどうでもいい話題ばかりだったが、父は時折頷きながら黙って聞いてくれた。横顔は穏やかで、それを見るだけでなんとも形容しがたい気持ちになった。
「母さんも呼べばよかったのに」
そう言った時だけ、父は困ったような苦笑いになって、
「あいつは文句言うからなあ」
と、呟くように答えた。それから、
「お前が乗せてやった方が喜ぶさ」
そう言って微笑んだ。目尻に刻まれた皺に、つられて俺も口元が緩む。
「だといいけどね」
多分、俺の運転にも文句言うよ。お前は父さん似だからって、しょっちゅう言ってるんだから。
「…なあ、」
思い切って口を開く。ずっと言えなかったことを言うチャンスかもしれない。今なら、言えるかもしれない。父の方をちらりと覗き見ると、父は僅かに口角を上げた。
「うん」
咳払いのような、頷きのようなそれに、胸の底からなにかが湧き上がってくる。
「………うん」
俺も似たような音しか出せなかった。
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