新生活

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「あ、あの、シャワー、お借りします」 私は、早くこの状況から逃げ出したくて、そう言った。 「ああ、じゃあ、こっち」 涼さんは、立ち上がって案内してくれる。 「バスルームは2つあるから、こっちは莉緒専用。安心してのんびり使って」 えっ⁉︎ お風呂、2つあるの⁉︎ 驚く私を残して、涼さんはダイニングへと戻っていく。私は、紙袋を置いて、浴室を覗いてみる。 広い! ちゃんと浴槽もあるし、しかも、これ、もしかしてジャグジー付き⁉︎ 私は、早速、お湯張りボタンを押してみる。 ふふふっ 昨日まで暮らしてたアパートは家賃が安いだけあって、膝を曲げないと湯船には浸かれなかった。でも、今日は足を伸ばして入れそう。私はいそいそとスーツを脱いでいく。 あーあ、やっぱりしわになってる。 いや、でも、変に気を使って、初対面の人に脱がされるよりはマシだよね。 っていうか、夫婦ってことは、もしかして今夜からそういう関係になるの? それはすごく困る。 好きでもない人と、そんなことしたことないし、やっぱりできない。  そんなことを思いながら、服を脱ぎ終えた私は、クレンジングと洗顔料、シャンプーなどを手に浴室に入る。  昨日の夕方、俊との久々のデートだと思って、気合を入れて化粧直しをした。全く無駄に終わったけど。その化粧も、12時間以上経ち、酒に酔って、一晩眠り、とても残念なことになっている。 私の何がいけなかったのかな。  確かに、何年も付き合ってきて、一緒に暮らし始めても、そんなにドキドキとかワクワクとか感じなかった。いつもそこにいるのが当たり前で、感謝もしたこと、なかったかもしれない。  俊の好きな人、同じ部署の子って言ってたよね。「子」って呼ぶってことは、やっぱり年下なのかな。 もしかしたら、私と違って、上手に甘えられるのかもしれない。私も、もっと俊に甘えれば良かった? でも、俊に甘えられたら、私はお姉さんぶるしかなくて……  私は、悶々と胸に去来する思いに自問自答しながら、さっぱりと化粧を落とし、髪を洗い、汗を流していく。真新しい洗顔料やシャンプーは、俊との過去も昨日の悲しみも綺麗さっぱり洗い流してくれるような気もする。  俊とのことは、もう考えても仕方ない。何を言っても、俊との間が元に戻ることはないんだから。そもそも、一緒に住んでるのに、俊の心が離れてることにも気付かず、結婚したいと思ってた私にも問題はあったと思うし。  私は、多分、俊と結婚したかったんじゃない。30歳になる前に誰でもいいから結婚したかったんだ。それがたまたま付き合ってた俊に向かっただけで。  じゃなきゃ、酔ってたとはいえ、初対面の人と婚姻届なんて書くわけがない。  でも、涼さんは、これでいいのかな? 涼さんが何をしてる人なのか知らないけど、こんな広くて立派なマンションに住んでるんだもん、きっとお金持ちなんだよね? 私なんかで、奥さんが務まるのかな?  もしかして、仕事、辞めなきゃいけない? 専業主婦になってくれって言われたらどうしよう。  素敵なお風呂に入りながらも、不安ばかりが押し寄せる。 もう、いいや。 考えてばかりいても仕方ない。  私は、気分転換とばかりに、ジャグジーのスイッチを入れた。 ブォォォ…… とたくさんの泡が吹き出してくる。 ふふふっ 気持ちいい。 私は、初めてのジャグジーを心ゆくまで楽しんだ。
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