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「それなら、良かった。ああ、そういえば、今頃、引越し業者が向こうの家に行ってるはずだけど、何かどうしても必要な物はあるか? 一応、相手に確認して、衣類や化粧品を中心に持ってくる事にはなってるが……」
ああ、そうか。
私がいない状況で引越しって、俊が立ち会うってことなんだ。
「あの、できれば、ミシンと編み棒と、その他、手芸の材料や道具を持ってきていただけると、助かるんですが」
私は、昔から手芸や工作が好きで、暇さえあれば、いろんなものを作っている。学生の頃も、中学、高校と6年間手芸部に籍を置いて、裁縫や編み物などをしていた。
「分かった。他には?」
他……
「いえ、特にありません」
部屋にはたくさんのぬいぐるみが転がっているけど、全部、俊がゲーセンで取ってくれたもの。大切にしてはいたけれど、俊との思い出の品なんて、もういらない。
涼さんは、すぐに業者に電話をしてくれて、私の要望を伝えてくれた。
食事を終えた私は、ふと思い立って、涼さんに声を掛けた。
「あの、アイロンをお借りできませんか?」
「アイロン?」
涼さんは、不思議そうに首を傾げる。
「業者さんを部屋着で出迎えるのはちょっと……」
すっごくかわいい部屋着だけど、知らない人に会う格好じゃない。こんなに足の出た格好を見られるのは、恥ずかしいし。
「今日、来るのは、全員女性だけだけど、やっぱりスーツの方がいい?」
えっ⁉︎
「引越し業者さん、女性なんですか?」
普通は力仕事だし、男性だと思うんだけど……
「莉緒の衣類を男性が梱包するのは、嫌だろ。全員女性でって指定してあるよ」
確かに、下着類を男性に見られたくはない。
涼さんの気遣いに感謝しなきゃ。
「ありがとうございます」
「だから、そのままでいいよ。かわいいし」
かわいい⁉︎
そんなこと言われたの、すっごく久しぶり。
戸惑った私が固まっていると、涼さんは続けた。
「もし、気になるなら、作業が終わるまで、俺の書斎に隠れててもいいし」
そこまで言われて、スーツに着替えたいとは言いづらい。
「いえ、大丈夫です」
こんなに足を出して、みっともないとか、イタい女だとか思われないかな。
でも、二度と会うこともない業者さんだし、まぁ、いいか。
私は諦めて、食後に化粧だけ簡単にした。化粧といっても、バッグに入ってた化粧直し用のファンデと口紅と眉だけなんだけど。
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