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午後、私の荷物が届き、あっという間に業者さんの手で片付けられてしまった。前の俊との引っ越しの時は、荷物を運んでもらうだけのコースだったから、そのあと必死でダンボールの中身を片付けたけど、今回はダンボールも持ち帰ってくれて、もうすっかり私の部屋のような雰囲気。
引っ越しって、ちゃんとお金を払えば、こんなに簡単に終わるんだ。
ずっと節約し続けてきた私には、そんな些細なことさえも衝撃だった。
「莉緒、夕飯どうする? 引っ越し祝いに蕎麦でも取るか?」
涼さんに声を掛けられて、初めて、すでに5時を回っていることに気付いた。
「いえ、もし良ければ、私に作らせていただけませんか?」
私がそう言うと、涼さんはじっと私を見た。
「莉緒、話がある。おいで」
なんだろう?
私は促されるまま、リビングのソファーに腰を下ろす。隣に座った涼さんは、私の手を握って言った。
「俺たちは、お互いのことをほとんど知らないまま結婚したから、これから徐々に知っていく必要がある。だが、とりあえず、まず、莉緒に知っててもらいたいのは、俺は現在、金には不自由してない」
「はい」
それは、見てれば分かる。
「必要なら、ハウスキーパーを雇うこともできる。掃除、洗濯、料理、全てやってもらうことも可能だ」
「……はい」
何が言いたいんだろう。
「だから、俺は莉緒に家事をやって欲しくて結婚したわけじゃない」
「……はい」
もしかして、家事をやるなって言ってるの?
「莉緒は、手芸や裁縫が好きって言ってただろ? そうやって、やりたいことはもちろんやればいいけど、本当は料理が嫌いだったり、掃除がめんどくさかったりするなら、それは無理にやらなくてもいい。さっき、莉緒は料理をするって言ったけど、莉緒が作りたいなら、もちろん俺は喜んで食べる。ただ、もし、結婚したから、奥さんだから、作らなきゃいけないと思ってるなら、それは必要ない。莉緒だって仕事してるんだしな」
そう……なの?
「ありがとうございます。でも、お料理は嫌いじゃないので、したいです。ただ、もし、仕事が忙しい時や、体調が悪い時は、甘えさせていただいてもいいですか?」
私が、涼さんを見上げると、涼さんは、
「もちろん」
と私の頭をくしゃりと撫でた。すると、その大きな手に胸の奥がキュンと音を立てる。と同時に、くしゃりと目を細めて微笑む姿に、どこか懐かしさを覚えた。
誰かに似てる?
誰だろう?
思い出せないまま、涼さんの視線に恥ずかしさを覚えた私は、慌ててうつむいて、視線を逸らした。
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