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「莉緒、とりあえず、座れ」
何事もなかったかのように振り返った涼さんは、ダイニングの椅子を引いた。
「えっ、あ、はい」
訳が分からないものの、促されるまま、私はそこに腰掛けた。
何?
私を座らせたものの、涼さんは、そのままその場を離れる。かと思うと、すぐに戻ってきた。手にはドライヤー。そのまま、近くのコンセントにプラグを差し込む。
「あ、あの!」
私が何か言う前に、涼さんは、私の髪にドライヤーの熱風を当て始める。
「あの、大丈夫です! 自分でできますから」
私はそう言うけれど、
「気にするな。これでも、母親が美容師だったんだ。髪の乾かし方くらいは知ってる」
と取り合ってくれない。
ん? 美容師……だった?
「お母さま、今はもう美容師さん、されてないんですか?」
「……ああ、亡くなったよ。俺が高校を卒業する前日に」
そんな……
「それは……辛かったですよね」
「母子家庭だったしな。まぁ、それでも、大学受験が終わった後だったから、まだ良かったと思ってるよ。受験の前日だったら、悲惨だったと思うから」
それは、そうだけど……
「卒業式は?」
「出てない。それどころじゃなかったからな」
こんなに立派なマンションに住んでるお金持ちだもん、生まれた時からずっと幸せな人生を送ってきたんだと思ってた。でも、人の死は、お金持ちにも貧乏人にも等しく訪れるもので、誰も逃れられないものなんだ。
「莉緒んとこは? ご両親は健在?」
「はい。2人ともピンピンしてます」
ちょっとうるさいくらい。
「それは良かった。たまには帰って、親孝行しないとな」
「はい」
母子家庭でお母さんが亡くなるって、どんなに辛かっただろう。少々うるさくても、生きていてくれるだけで、感謝しなくてはいけないのかもしれない。
そんな話をしながら、涼さんは私の髪を乾かしてくれる。涼さんの長い指が、地肌に触れるのは、なんだかとても気持ちが良くて、ずっと触れてて欲しいって思っちゃう。
最後には、肩について跳ねやすい髪を、ちゃんと内巻きにブローしてくれた。
「はい、おしまい」
と涼さんが私の肩に手を置く。
「ありがとう……ございました」
と私が振り返ると、涼さんは優しい笑みを浮かべていた。
もしかして、第一印象ほど怖くないのかな?
そのあと、
「おやすみ」
と当然のように見送られて部屋に戻り、新婚初夜とは思えない冷たくて広いベッドで1人で眠った。ほっとしたような、寂しいような、複雑な気分。
うん、それでも……
やっぱり、初対面の人にいきなり迫られるよりは、この方がいいに決まってる。
私は、今日1日、気付かないうちに、気疲れしていたようで、慣れない環境にもかかわらず、気付けば眠りに落ちていた。
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