カミサマノ、イウトオリ

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カミサマノ、イウトオリ

 いつの間にか、カグラも随分大きくなったものだと思う。ついこの間までは、握りつぶしてしまいそうなほどの小さな娘だったというのに。  今や着物を着てばたばたと屋敷の中を駆け回る、実にお転婆で賑やかな少女だ。今日も今日とて、ままごとをする相手を探すのに随分忙しいらしい。 「おとーさま!」  書斎で書物をしていると、勢い良くドアが開かれた。そして勢い良く、腰に突進である。ギリギリ、机の上を墨汁塗れにすることだけは免れられた。あとちょっとのところで、今日の仕事を台無しにするところだったらしい。私はふう、と大きく息を吐いて娘を振り返った。華やかな小袖の少女は、悪びれもせずににこにこと笑っている。 「おとーさまおとーさま!今日ね、今日ね!」 「カグラ、ドアを開ける時は“のっく”をするように言ってあったはずだぞ。それから屋敷の中で無闇と走らない。転んだらどうするんだい?」 「転んでも平気!カグラ泣いたりしないもん!怪我してもすぐ治っちゃう強い子だもんー!」 「はいはい」  元気がいいのは良いことだが、少しだけ心配でもある。  私達は、先代も先々代もみんなみんなずーっと同じ仕事を行っている。伝統ある家業だ。人の社会に関する知識が多く必要であり、外国の同業者達と“貿易”が行えるように一定以上の営業スキル・コミュニケーションスキルも必要不可欠と言っていい。つまり、カグラもいずれ、現代当主である私の仕事を引き継いで行かなければいけないのだ。なんせ、我が家に子供は現在カグラ一人しかいない。女の子でも後継になれる仕事とはいえ、場合によっては早くに引退して引き継ぎになることも十分有り得るのだ。カグラには子供のうちから、少しずつ仕事を覚えていってもらわなければいけないのである。  まあ、子供が少ないのは、私の浮気性ゆえ妻と喧嘩してばかりだからとうのが原因なので――非常に申し訳ない気持ちも、なくはないのだけれど。  いやはや、荷物一つ持って家を出て行かれた時は本当にどうしようかと思ったものである。坂道を半ば転がりそうになりながら、必死で追いかけた日のことは今でも記憶に新しい。あの時の妻は本当に怖かった。追い掛けていったはいいが、捕まえようとしたところでさらに大喧嘩になり、最終的には今度は自分が命からがら彼女から逃げる羽目になったのだから。頼むから、包丁やら木ノ実やら鏡やら、なんでもかんでも投げつけてくるのはやめてほしいと思うのである。危うく死ぬところだったではないか。悪いのは私だけれど。それはとってもよくわかっているけれど。  とにかく、カグラはそんな妻にそっくりなのである。とにかく苛烈な性格と言っても過言ではない。最初はあまりに妻の生き写しなもので、うまくこの子を育てて行けるかと不安になったものである。幸い、元気はいいもののとても素直に育ってくれたし、私にも非常に懐いてくれたようで杞憂以外の何物でもなかったのだが。
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