2人が本棚に入れています
本棚に追加
小野から見た日常。【その1】
「兄さま! 下で“お兄さん”が呼んでます」
ノックの音とほぼ同時にドアが開けられた。返事を返す間も与えない無遠慮なそのドアの開け方はオレの妹の特徴だ。今、手が離せないのに、とオレは悪態を吐く。今日は平日だが、インフルエンザの影響で学校が休みになったのでオレは家にいた。同じく妹が通う小学校も休校になったらしい。その時間を使って自分の部屋でイラストを描いていたオレは
「お兄さんて誰だよ?」と言って振り向いた。一応美術部に所属していて、趣味でもイラストを描いている。人物、アニメキャラ、物、身近なやつとか。
ヒステリックな声で妹が言った。
「兄さまがいつも「友」って呼んでる人ですっ!」
「それが名前だよっ!」
「?」
一瞬キョトンとした後、妹の目が訝るようにオレを見る。
「ほんとですかぁ?」
「ほんとだよっ!」とオレがプチ切れする。
「あいつの名前「友」っていうんだよ」
「……」
その目は疑ってるな、妹。
「じゃあ、どんな字書くんですか?」
「どんな字って……」
その質問にオレは言い淀む。
「友達の「友」だよ」
そう言うと妹はニヤリとした。
あ、こいつ今オレが、友達だから「友」って呼んでると思った絶対!? そう危惧したオレが先に言う。
「違うからな!」
「何がですか?」
「オレは友達だから「友」って言ってるんじゃないから!」
するとしれっとした顔で妹が言う。
「別にいいんですけどね、兄さまがあたしの真似して、友達のこと「友」って呼んでても」
「ちがうわ!」とオレが即突っ込む。
「そんなのお前だけだわ!」
「はいはい」と呆れたように言って妹は背を向けた。その背中に向かってオレは吐き捨てる。
「嘘だと思うなら本人に聞いてみろ!」
まもなくして下から声が響く。
「お兄さん、名前なんていうんですか?」
わざとらしく聴こえる音量で問う妹の声が。普通の音量でしゃべる友の声は、テレビの音に掻き消される。それから二人でべちゃくちゃ何かしゃべり出した。
「長い……」
その会話にイラっとしてオレは叩きつけるように机上にペンを置き、すっくと椅子から立ち上がった。これじゃ気になって集中できない! と肩を怒らせムスッとした顔で階段を下りて行く。角を曲がった所まで来ると、玄関で妹と話している友の姿が見えた。オレが下りてきたことに気付いた友が「うい~っす」と言って片手を上げた。うい~っすじゃねえよ! とオレは青筋を立てて切れる。つかつかとそこに歩み寄り、二人の間に割って入ると
「あがれ」
そう言って友の腕をぐいっと掴んで引き寄せた。
「あ、ちょっと!?」
慌てて靴を脱ぐ友を、裸足のまま強引に家に上がらせる。そのまま二階に上がって自分の部屋に連れ込んだ。
「なんだよ、恐い顔して?」
気付けっ。オレは状況を把握していない友を睨む。不機嫌な顔のままで言った。
「オレに用があって来たんだろ?」
「おう、借りてたマンガ読み終わったから返しに来た」
言って友は、背負っていたリュックの中からそれを取り出した。オレが受け取ってそれを机の上に置く。
「ついでにちょっとしゃべってこっかなぁって……」
「あんま妹とばっか話すなよ」
「は?」
友が裏返ったような声を出す。
「ちょっとそこで話してただけじゃん」と半笑いする。
「いいからオレがいない所で、妹と長話するな」とドスを利かせて怒りを表す。
「親かよっ!?」と友がまた半笑いで突っ込む。
「え、もしかして嫉妬?」
「うっせぇ」
オレは「そうだよ、わりぃかよ!」と心の中で言って友を睨んだ。
最初のコメントを投稿しよう!