二万年早いぜ? は?

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 何も知らされないまま迎えた、土曜日の早朝。  飛天はテントの中で、後悔していた。汗をかくから着替えを用意しろ、と言われたので、どんな激しい肉体労働なんだと思っていた。  しかし、蓋を開けてみれば、肉体よりもむしろ、精神に負荷がかかる仕事であった。 「次郎、お前なぁ」  文句を言わずにはいられない。だが、周囲のことを考えて、その後は小声になる。 「俺が特撮が嫌いなの、知ってるだろ」  次郎が依頼してきたピンチヒッターは、いわゆる「中の人」であった。遊園地などのショーで、ヒーローを演じるスーツアクター。  今回呼ばれたのは住宅展示場でのイベントで、単体での写真撮影会だという。午前、午後の二回まわしで、台本に合わせた動きが必要なショーよりも簡単で、拘束時間も短くて済む。  次郎は高校卒業後、声優の専門学校に通っていた。今や若手の男性声優はアイドルにも等しく、ぽっちゃり体型の次郎には、厳しい世界だった。  ぽつぽつと端役をこなしてはいるものの、声優仕事だけでは食っていけない。バイトとして彼が選んだのが、地元でキャラクターショーを取り仕切る会社だ。次郎は音響装置を担当する。専門学校では、裏方の作業も含めて学んでいた。  今日は他の場所でもショーを行っている。本来、この撮影会でスーツを着用して演じる予定だった若手が、アクション練習中の不注意で、ひどい捻挫をしてしまった。他に割ける人員もいなかったという。 「ごめんごめん。本当に困ってたんだよ。僕が入れればよかったんだけどさ……」  次郎は自分の腹肉を掴み、タプタプさせる。ヒーローのポージングは完璧でも、この体型では子供たちに受け入れられない。 「だからって……」  何も俺じゃなくても、と思う。次郎はゴム製のスーツを嫌々着ている飛天の肩を叩いた。 「いい機会だと思って。どんな風に僕らが特撮ヒーローのイベントを作ってるのか、見てほしい」  それに、と次郎は微笑んだ。幼なじみに隠し事や嘘は通用しない。頬肉に埋もれた目だが、何もかもが見えているようだ。 「言葉は正確に使わないとね。飛天が嫌いなのは、特撮そのものじゃなくて、特撮オタクの方でしょ?」  僕みたいな、という付け足しは自虐だ。飛天は首を横に振る。 「お前のことは、大切な友達だと思ってるよ」 「あはは……じゃあ、その友達のために、今回だけ協力してくれる?」  しょうがねぇなあ、と飛天は偉そうに言って、次郎からポーズのレクチャーを受けた。 「なぁ……なんでこのヒーロー、チャラいポーズが多いんだ?」 「性格がそうだから。ほら行くよ……『二万年早いぜ!』」  次郎のセリフに合わせ、飛天は裏ピースを作ってみせたのだった。
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