7人が本棚に入れています
本棚に追加
午前の撮影会は、問題なく終わった。事件が起きたのは、午後の回のことだった。
列から外れたところで何かもめていることに気づいたのは、子供がぐずってなかなか撮影に進めない家族にあたったときだった。
飛天も必死であやすが、母親に抱かれた赤ん坊は、何が気に入らないのか、身体を仰け反らせて泣きわめく。
まぁ確かに、飛天が演じているこのヒーローは、目つきがあまりよろしくない。それにこのチャラい感じ。てっきり悪役かと思った。
そう零した飛天に、次郎は興奮気味の早口で、このキャラクターの来歴を教えてくれた。
『セブンの息子で、父親の顔を知らずに育ったせいか、ヤンキーみたいなところがあって闇落ち寸前だったんだよ。今は父親のことを誇りに思って、正義の味方をしてるんだけどね。とっても人気があるんだ』
飛天の記憶が正しければ、このヒーローシリーズは宇宙人じゃなかったか。父親の顔を知らないって、昼ドラもびっくりの展開だな……。
飛天が身に纏うヒーローが怖い顔をしているのは、そういう生い立ちが影響しているのだろうと無理矢理納得をしたのだった。
結局赤ん坊は泣き止まず、飛天はあやすのを諦めて遠くを見つめた。そのとき初めて、揉め事が起きていることに気がついた。
なんだ? と目を凝らせば、どうやら言い合いをしているのは男女だった。服装が釣り合わないので、一緒に来たわけではなさそうだ。
いかにも「オタクでござい」と主張している服の男が一方的に怒鳴り散らし、清楚な花柄のスカートの女性は、淡々とそれに反論している。
「他の方の迷惑になりますから、横からの撮影はマナーとして控えるべきです」
「そんなの最初にアナウンスされてなかっただろうが!」
怒鳴り声は妙に甲高く震えていて、男が自分に自信がないタイプであることが窺える。飛天を叩きたがるオタクたちの、典型的なパターン。
彼らは顔も本名も出さずに、こちらを罵るのだ。隠れたところから攻撃してくる連中が、飛天は一番嫌いだ。
相手が小柄で細身の女性だから強く出ているだけで、同性だったり、もっと攻撃的なファッションの女性だったら、この男は何も言わずに、すごすごと引っ込むに違いない。
自分よりも格下(と思い込んでいる)相手、自分が絶対的に安全なときにしか、口論をふっかけられない卑怯者だ。
最初のコメントを投稿しよう!