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(だから特撮オタクは嫌いなんだ)
ヒーローが好きだと言うのと同じ口で、反論できない奴を攻撃する。
撮影会も、彼らの揉め事で中断した。子供たちはきょろきょろと落ち着かず、親たちはひそひそと白い目で二人を見ている。
女性の方が、悪い意味で注目を浴びていることに気がついた。さっと話を切り上げようとして背を向けた瞬間、男がその肩に手をかける。
「待てよ。言い逃げかよ」
これはいけない。さすがに手をあげたとなると、見過ごせないトラブルだ。
二か所同時にショーイベントを行っている弊害で、撮影会スタッフも少ない。真っ先に動くことができたのは、飛天だった。
やめろ、と危うく口に出しそうになった。ヒーローのイメージのために、喋らないことを約束している。
ぐっと堪えて、飛天は不届きな男の手を払った。一瞬、自分がヒーローの装束を纏っていることを忘れかけた。本気でイライラしていたのだ。
途中で思い出して、咄嗟にファイティングポーズを取る。男を敵の宇宙人と見なして、戦う心づもりだ。
「な、なんだよ……!」
ずざざと後ずさる男を、飛天はマスクの下から睨みつける。ヒーローの仮面は無表情だ。無機物的であるのに、動いている生き物でもある。それが時には、不気味さを演出することもある。
特に今は、チャラさが売りの一つらしい、目つきのよくない二世ヒーローだ。飛天の怒りを的確にこのマスクは伝えてくれる。
男は先刻まで家族連れに優しい対応をしていたヒーローの憤怒を一身に受け、怯んだ。完全に戦意喪失したのを見て取って、飛天は背後に庇った女性を振り返った。
先程までとは違う意味で、目が離せなくなった。狭い視界からでも、はっきりとわかるほど、彼女が美しかったから。
前職の仕事柄、美貌を売りにしている女性とは、何人も知り合った。彼女たちは、流行に乗ったメイクや服装をしながら、自分が今度はトレンドを作り上げるのだと気負っていた。
それは恋人の選択も同じだ。今、売れている芸能人か、次にブレイクする相手。アプローチしてくる女性たちの、虚飾に塗れた恋心を、飛天は敏感に察知して、いい返事をすることができなかった。その気がないと知ると、彼女たちはすぐに次の花へと移っていく。
今、目の前にいる女性――少女、といってもいいほど、あどけない顔をしている――は、自分を飾り立てることにあまり興味がなさそうだった。
かといって、服装に頓着していないわけでもないし、すっぴんで出歩いているのでもない。自分に見合った服とメイクを、ごく自然に選んでいるように見える。
飛天にとって、好ましい要素だった。別に自分は、正義感の強い人間ではない。どころか、自分勝手に正義を語り、喚き散らす人間は大嫌いだ。
単純に、女性絡みだったから。これが男同士のトラブルだったりしたら、スタッフに任せておこうと放置したかもしれない。
「あの……」
女性は戸惑った表情を浮かべて、飛天……ではなく、自分を助けに入ったヒーローを見つめている。目が合っているようで、合わない。もどかしさに声を上げそうになったとき、助け船が来た。
「ゼロは、弱いものイジメが嫌いなんだ。みんなも、お友達と仲良くしようね~」
間延びした口調だが、マイクを通した声はよく通った。無駄にいい声を出す次郎は、さすが、声優なだけはある。
飛天は戻るきっかけをくれた次郎に感謝しつつ、呆然とした女性の肩を優しく叩いて励ました。
やってしまってから、さっきの男とさほど変わらないと気づく。見知らぬ人間に触れられて、彼女が嫌な気持ちになってしまったら、どうしよう。
薄い視界で窺うも、彼女はまだ、ぼんやりした状態だ。
飛天は名残惜しく、撮影場所に戻って再開する。
彼女はあとどのくらいで、俺の隣に来てくれるだろう。
飛天の期待もむなしく、女性は列に戻ってこないまま、撮影会は終了した。
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