雨に消えて

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「髪、切ったんだね」 「だいぶ前よ、それにしても久しぶりネ」 「多分、八年ぶりくらいかな」 お互いの近況を話し、後は何を話すでもなく静かな時間が流れていく。 僕は目の前のコーヒーカップに視線を落としたままだ。 「この曲、あなたのリクエスト?」 「いや、マスターだよ」 そう言って横目でマスターの方を見るが、今度はこちらを向くでもなく仕事をしている。 ただピアノの音だけが流れている。でも僕にはとても心地よい時間の流れだ。 沈黙を破るように彼女が尋ねて来た。「こんな所で会うとは思わなかったは、 どうしたの?」 「雨宿りだよ・・・君こそどうしたの」 「私も雨宿り」 外を見ると、雨が降り続いている。 扉を開けて、服を濡らした人が次々に入って来る。 この雨が止まずに、このままずーっと降ってくれていたら…… 「そっかぁー」 彼女が続けた。 「一周忌だったのネ」 「そうなんだ」 「早いものね」 「早いなあー、忘れていたの?」 「そんな訳ないじゃん。あなたを見ていて思い出したの」 この子は、昨年亡なった僕の昔の彼女の親友だ。僕がこの町を離れて八年、 この子はこの町に残り、僕の彼女とその時間を過ごして来た。 そんな話をもっと聞きたくて、言い出せないまま窓の外の雨をずーっと眺めている。 この雨もいずれ上がり、誰もが席を立ち店を後にする事だろう。 ‥‥そして僕達も‥‥ 今は当分上がりそうにない雨を見ながら、せめてそれまでの間は‥‥           完
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