雨に消えて

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久しぶりの帰省だ。 母が元気な頃は「今度は何時来るの」と、着いた早々からうるさかったものだ。 実家に帰るのは二年に一度、正月と決めているのだが、今年は昨年葬儀で帰って以来の、一周忌の為の帰郷だ。 見慣れた改札口を抜けて駅前南口ロータリーに向かう。 此処からは歩いても20分もあれば家に着く。 ロータリーに出てみると突然の雨だ。かなり雨足も早く誰もが軒下に入り空を見上げている。 屋根に覆われたバス乗り場とタクシー乗り場は長蛇の列だ。 特に急ぐ用事がある訳でもなし、踵を返し北口に向かって歩きだす。 次の電車も到着した様で、改札口から人が流れ出て来る。 北口に向かったのは、ロータリーの裏手に喫茶『凡』があるのを思い出したからだ。 雨の中を猛ダッシュで走り抜け『凡』にたどり着く。そのまま扉を押し開けて中に入ると、奥に立つマスターと目が合う。 「おや、めずらしいーどうしてたかネ」 ひと通りの帰省の事情を話し、空いている窓際の席に腰を下ろし、コーヒーを注文する。 落ち着いたところで店内を見渡す‥‥昔とちっとも変わらない様子だ、 学生時代によく通った店である。 マスターの趣味でJAZZが流れている。 そこには、あの時とまったく同じ時間があった。 当時、付き合っていた彼女と、この席に向い合って座り何時間も過ごしていた事を思い出す。 彼女は確か、この店のミートソースが大好きでよく注文していた。 髪が長くて、食べる時には左手で髪を押さえながら食べていた事が思い出される。 店のBGMが変わった。 キースジャレットのピアノ曲が流れる、懐かしい曲だ。 僕のお気に入りケルンコンサート。 マスターの方に視線を向けると、待っていた様な顔をして懐かしい笑みを送って来た。 久しぶりの来店で、気を遣ってくれたのだろう。 その時、カウベルを鳴らして一人の女性が入って来た。ショートカットで細身の女性だ。彼女もまた、傘を持たずに濡れたまま飛び込んで来たようだ。 目が合うなり「あれ!」 「おう!」びっくりしている僕の顔を見て。 「どうしたの」 それはこっちの台詞だ。 「びっくりしたよ」 「一人?」 「そうだけど‥‥」 「じゃあ、そこいいかしら」そう言うと、僕の向かいの席に腰を下ろした。
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