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WING4『それぞれの「これから」』
翌朝の上空は、昨日とうって変わった晴天。
眩しい太陽に春を感じながら、二人は車に向った。
「万優」
運転席のドアを開けた万優に、空が呼びかける。
「お前、こっち」
「……空が運転するの? でも、それじゃ保険が効かないよ」
「いいから。俺が事故るとでも思ってんのかよ」
万優は首を振ってから、素直に助手席に廻った。こう見えて、空は言い出したら聞かないのは万優も知っていた。
「でも、なんで急に?」
車に乗り込んでから、万優が聞く。
「……体、辛いだろ? 俺に出来ることっていったら、このくらいだからな」
その言葉に、万優は黙ってシートベルトを締めた。
「……ありがと」
遅れて出た言葉は、空に深く響いた。
家に着くと、案の定玄関には、仁王立ちの千愛が待っていた。
「お兄ちゃん、どこ行ってたの?」
「ハルカさんのとこだよ」
「もう! だったら、私も行きたかった!」
玄関先での会話は長くなりそうだった。万優の後についていた空が小さくため息をつく。
「でも、みんな呑んでたから、千愛は連れていけなかったよ。ね、空」
「ん? あ、ああ……」
瞬間、千愛の視線が空に刺さる。空は、そんな千愛の視線からその目を外した。
「……お兄ちゃんは、千愛のこと嫌いになったの?」
「何言ってるんだよ。大好きだよ」
「じゃあ、どうして? どうして、千愛に構ってくれないの?」
「どうって……今はお兄ちゃんの友達が来てるから。わかるだろ?」
万優は優しく千愛に言い聞かせた。大人のようで、子供の面をたくさん持っているこの頃の少女は、多分一番難しいのだろう。さすがの万優も、手こずっている様子だった。
「……わかんない、わかんないよ!」
千愛は大きな声で言い返すと、家の奥へと駆けて行った。
「あ、千愛!」
慌てて万優がそれを追おうとしたが、体がまだ思うように動かないらしく、ただ腕だけが伸びた。
「万優、大丈夫か?」
「あ、うん……平気ではないけど……千愛と話しなきゃ」
万優はゆっくりと玄関から、奥へ歩き出す。空もその後に付いて行った。
「パパ、お兄ちゃんが、約束守ってくれないの……帰ったら遊ぶって言ったのよ」
千愛は、父親のアトリエへ駆け込んでそう話し始めた。
「千愛は少し、お兄ちゃん離れした方がいいな。もう、六年になるんだろ?」
「どうして? 嫌よ」
パソコンに向っていた要は、ため息をついて、画面から娘へ視線をずらした。
「お兄ちゃんにだって、都合がある。今は、友達が来てるだろう?」
「だって、前みたいに毎日会えなくなっちゃったんだもん……」
「それでもだよ」
要が千愛を諭すと、そこに万優と空が顔を出した。
それを見つけた要は、空に会釈をする。空も慌てて返した。
要は、すぐに万優に視線を合わせると、その名前を呼んだ。
「何?」
万優は千愛のことで、何か言われると思ったのか、少し緊張気味に返事を返した。
「万優はもう、二十二……もうすぐ三になる。大人だと思っているから、外泊がどうとかは言わない。だけど、この家に帰ってきている以上は、連絡を入れたらどうかな?」
言われて、万優は表情を変えた。確かに、昨晩は何の連絡も入れていない。
「ごめんなさい……要さん」
「待ってたんだよ、朝方まで」
その言葉に、万優が黙って唇を噛んだ。
「……私は君の父親なんだ。君がそれを認めていなくても、父親なんだ。心配なんだよ」
言い終えて、要はふぅ、と息を吐いた。
ずっと言いたくて、言えなかった言葉だったのだろう。
「ごめん……父さん……ごめんなさい」
万優が俯いたまま答えた。
長い間「父さん」と呼べなくてごめん。
空には、そんなふうに聞こえた。
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