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午後、家に戻ると、千愛は母の言いつけで宿題を片付けるために部屋へ篭った。ようやく、二人の時間だ。
「……こんなとこまで来て子供のお守りとは想像してなかったでしょ?」
「まあな……仕方ないさ」
「ごめんね。埋め合わせ、必ずするから」
万優の部屋で二人はようやく落ち着いてコーヒーを飲んでいた。普段は、ブラックで飲む空だが、今日ばかりは体が糖分を欲しているらしく角砂糖を二つ入れて飲んでいた。
多分、普段使わない神経を使っているからだろう。
「じゃあ、今夜」
「……今夜って……?」
わかれよ、と思う空だったが、天然万優にそれを求めるのは難しいのは知っている。
「……本物の星、見に行かないか?」
空は、言いたい言葉を飲み込んで、違う言葉を吐き出した。『今夜、あの日の続きをしよう』なんて言ったら、万優の中で警戒警報が発令されるに決まっている。
「いいね、それ。じゃあ、夕飯も外で取ろう。俺母さんに夕飯いらないこと伝えてくるよ」
「そうだな」
空が同意すると万優は部屋を出て、階段を軽快に降りていった。
――これで、デートが出来る。そのままどこかホテルにでも持ち込めれば……
空は一人淡い空想……もとい、妄想を続けていた。そこへ、外からの足音が入り込んでくる。
「お兄ちゃん、宿題終わったから……あれ、お兄ちゃんは?」
突然ノックなしで、開けられたドアから千愛が顔を出す。そのまま部屋を一通り眺めてから空に目を合わせ、千愛が聞く。
「階下、かな」
「ふうん……」
千愛は、そう流すと部屋に入り静かにドアを閉めた。そして、空の目の前に座り込む。
「……万優は私のだから」
その声は、今までのものと違っていた。ぐっと大人びた目が空に刺さる。
「どういう意味?」
「私、本気で万優が好きなの」
「それをどうして、俺に?」
その言葉に、千愛が俯く。
「……万優、大河さんのこと、大事な人って言ったの。ねぇ、万優の何なの?」
再び真剣な目が空に注がれる。空は、しばらく沈黙してから答えた。
「万優がそう言ったなら、大事な人なんだろうね。俺も同じだよ……俺にとって万優は大事な人だ」
「……万優は、大河さんが好きなの?」
「さあ、どうかな」
空は曖昧に答えた。本当に万優が自分を好きかなんて、空にもわからないから。
「否定しないのね」
「ダメかい?」
「だって、男じゃない……二人とも」
「血の繋がった兄妹だろ、君たちは」
その言葉に、千愛が黙って立ち上がった。
「半分だけだもん! 絶対渡さないから!」
そんな捨て台詞と共に部屋のドアが動く。
その後で、千愛の階段を駆け下りる音が響いた。
――渡すも渡さないも、万優は俺のものだ。
空は自信たっぷりに心の中で言葉を返した。
その後で。
――……俺のもの、でいいんだよな?
小さな不安が過ぎっていた。
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