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まあ、そんなのは口実で、単純に私が町に行って彼らと話すのが好きだというだけであるのだけれど。私は昔から声楽や演劇を学んでいることもあって、声質や滑舌にはちょっとした自信があるのだ。ゆえに、広場にお供を連れて遊びに行って、そこで貧しい人々に紙芝居を読み聞かせてあげるのを趣味としているのである。始めた時は子供ばかりが集まっていたが、今は聞いている者には大人も増えてきていた。理由を知って驚いたものだ――この国にはまだ、驚くほど“文字が読めない”大人が多く存在するのである。彼らは読み聞かせでもしてくれないと、本の一つも読めないのだ。
それを知ってからは、私は紙芝居や絵本の読み聞かせと同時に、望む人々に無償で文字を教える活動も始めたのだった。字が一つ読めるようになり、単語やわかり文脈が読み解けるようになると、彼らは花が咲いたような笑顔を向けてくれるものだった。特に、そのキラキラとした瞳がたまらない。私はそんなちょっとした趣味に夢中になり、最近は週に一度は“読み聞かせ”に出向くようになっている。当然、兄弟や父上はあまり良い顔をしなかったけれども(母上だけは、民の心をよくぞ掴んだものだと褒めてくれたが)。
話を戻そう。
サイヤもまた、そんな私の読み聞かせに参加し、何度か話をした一人であったのだった。
私は自分の会に参加してくれた者には、全員名前を聞くことにしている。記憶力には自信があるし、一度出会った者の顔は絶対に忘れなかった。サイヤがいつも、どこか眩しそうな顔で私を見つめていたことにも気がついている。彼女もまた文字が読めないにもかかわらず、それを恥ずかしいと思って言い出せなかったということを。
「君に、私の后になって欲しい」
単刀直入に、私は彼女に告げた。
「勿論、君の家には国をあげて援助をさせてもらう。何不自由な生活はさせないと約束する。どうだろうか」
「え、え!?」
私は、自分の見目が人並み外れているという自覚がある。幼い頃からこうもあっちこっちの王族貴族から求婚されていれば、そりゃもう嫌でも自覚するというものだ。この緑色の眼がいいのか、明るい銀髪がいいのか。何にせよ、女性たちにはとても魅力的な容姿として映るらしい。サイアもまた、私に対して恋愛感情に近い憧れを抱いていたらしいということには気がついている。
「こ、光栄すぎます……!で、ですが、私なんかで本当に良いのでしょうか」
彼女は今にも倒れそうなほど顔を赤くして、わたわたと告げた。
「確か、この王国の法律では……王子の后は、別の国の王族か、あるいは貴族の娘から貰わなければいけないといものがあったはずなのです。私は、ただの印刷屋の娘……労働階級の、身分の低い娘でございます。とりたてて美人でもありません。王子様に合う身の丈であるとは、とてもとても」
おろおろする彼女。恐縮するのは当然だろう。傍の兵士たちも、口には出さないが動揺しているのが伝わってくる。私の趣味を理解しているパンサーだけが驚いていない。きっと悪趣味だと、多くの者達からは罵られることだろう。父上も母上も兄弟も間違いなく反対するに違いない。それでもだ。
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