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「そもそも、私は身分制度というものがあることそのものが、間違っていると思うんだ。命の価値は皆同じじゃないか。髪も、肌も、眼も、手も、足も……みんな同じものを持っている。何も変わらない。それなのに、生まれついた身分だけで命の重さが変わってしまうなんて、そんな悲しいことがあっていいのかい?いや、良いわけがない、そうだろう」
労働階級はまだマシだ。世の中には、階級制度の枠からも弾き出された子供達が大勢存在していることを知っている。娼婦やその子供などが該当するといっていい。彼らはスラムで生まれ、スラムで育ち、雨風を凌げる家もなければ今日食べる御飯にも飢えて生活している。
家臣達に止められたが、街を少し裏通りに入ればもうそこはこの世の地獄が広がっているのだ。病気になっても医者にもかかれない、水もなくカラカラに乾ききって転がっている者達。死体か、そうではないかの区別もつかない。汚泥と排泄物にまみれて死ぬ者も少なくないと聞く。恐ろしく、悲しい世界だ。階級制度なんてものがあるせいで、そうやって苦しんでいる人達があとを絶たないのである。
みんな、同じ人間の姿で生まれてきたのに。
美しいものも醜いものも平等に持ち合わせているのに、何故そこに差別などつけなければいけないのだろう?
「結婚してすぐは、周囲の反発もあるだろうし……君に肩身の狭い思いをさせてしまうかもしれない。でも、私は最終的に、身分制度を段階的に撤廃し、平等な世の中を築きたいと思っているんだ。君のような庶民の娘を娶ることになれば、より私がしようと思っている政策にも説得力が増すはずだ」
「王子様……」
「勿論、だからといって庶民なら誰でもいいというわけじゃない。ほんの数回しか出会っていないのに、と思われるかもしれないけれど。……実のところ、一目惚れのようなものなんだ。君の美しい瞳に射抜かれて、私は一瞬にして恋に落ちてしまったんだよ」
「そ、そんな……」
まだ十八歳の娘は、恥じらうように両手で頬を抑えた。なんともいじらしい所作。守りたくなるような娘。勿論、私が彼女を選びたいと思った最大の理由は、そこではないのだけれど。
「私は君にも……いろいろなことを知って欲しい。君に字を教えたいんだ。たくさんのことを学ぼう、たくさんのことを知ろう。君の瞳が輝く様を、私にもっともっと見せて欲しい。……駄目、だろうか?どうしても嫌だというのなら、無理強いはできないのだけれど……」
そんな彼女の手を取り、我ながらこっぱずかしいと思いながら口説き落としにかかる。ああこういう時、自分は稀に見るようなブサイクでなくて本当に良かったと思う。いくら相手を幸せにしたいと心の底から願っても、相手を賞賛し尽くしても。器量が悪いとそれだけで、人の印象は一気にマイナスへと傾いてしまうものだ。
セリアは少し戸惑った後――私の右手に嵌めた、ブルーダイヤの指輪にそっと口づけを落とした。それは、この国では伝統的な、プロポーズを受けることを意味する行為であった。
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