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離れていく距離
それから数週間、何事にもやる気が出なかった。これ以上ないダメージだった。
あれから、彼女と永峰が二人きりでしゃべっている場面を目撃するようになった。二人はお互い部活の仲間なのだから、その光景を初めて見たと言ったら嘘になるが、彼女が男子と楽しそうにしゃべっているのを見たのはこれが初めてであった。
とはいえど、僕と彼女との仲は変化はなく、波のない日常を過ごしていた。
しかし、そんな日常はほんの小さなことで崩れてしまうもの――冬の近づくある日、教室へ入ると、彼女の姿が見えなかった。いつも朝一番にそこにいるはずなのに、その日はいなかった。
「おはよう、北浦くん」
声を掛けてきたのは一花と仲良くしている周藤という女子だった。何度か話したことある程度には知り合いだったが、こうして挨拶をしてくれることには驚いた。
「おはよう。どうしたの? 声掛けてくるなんて珍しいね」
「一花ちゃん、どんな様子か知っているかなと思って」
「様子?」
周藤さんは少々驚いた顔をして「知らないの?」と言った。
「一花ちゃん、今日は体調崩してお休みなんだよ」
そんな話は初めて聞いた。一花が体を壊すなんていうのも珍しかったが、それを僕が知らなかったというのもまた珍しいことだった。
「昨日から具合が悪かったんだって」
「そうなの?」
「確かにちょっと怠そうだったかな。――え、北浦くん、気付かなかったの?」
――気付かなかった。でも仕方ない。ずっと彼女のそばにいるわけではないのだ。せいぜい授業中と部活のときに一緒なだけで、面と向かって話すのなんて全て合わせても一時間くらいだ。だから仕方ない――なんて言い訳か。
「北浦。おはよう」
彼が入ってきたのはホームルーム開始の五分前だった。彼との仲も特に変化はなく、挨拶も雑談もするような仲だった。だから「おはよう」と、今日も挨拶を返した。
「なあ、お前は一花のこと知ってる?」
そんな一言を、つい付け加えて。
彼はきょとんとした顔をした。
「今日、休みだろ。昨日顔色悪かったもんな。本人も休むって言ってたし」
「そうなの?」
「今朝、ちょっとだけ見舞ったんだけど、そのときに言ってた」
あの調子だと明日も難しそうだな――云々。
――こいつ、もう彼女に会っているのか。僕が彼女が体調を崩していることを知ったのはついさっきなのに。こいつはすでに彼女を見舞った、だと。
何も言葉が出てこなかった。ずっと一緒にいる僕が彼女に一番近い存在だと思っていたのに。気付けば彼女は少し遠くにいて、僕と彼女の間には人がいた。
すぐ横で談笑する彼がきっと僕の心情に気付いていないのだと思うと、奥歯で強く歯ぎしりしてしまった。
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