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彼女の気遣いと笑顔
あれから彼女はもう一日休んで学校に復帰した。一瞬気が緩んだだけのようで、インフルエンザが流行しても休むことなく、冬休みを迎えた。
僕らの部は冬休み中、週五日のペースで活動があった。朝から夕方まで、授業に割いていた時間の全てが活動時間になった。昼休みも部員全員で過ごし、結束を高めることも一つの目的だった。
つまり、これは僕にとってチャンスでもあった。少し離れてしまった距離を戻すにはここしかない。
クリスマスイブに決着をつける。翌日がクリスマスだからということもあるが、一番の理由は年内最後の活動がその日だからだ。最後の活動で、僕の恋愛にも区切りをつけて、年を越したかった。
最後の挑戦。
僕の冬は始まった。
僕が気を付けるようにしたのは、彼女の微妙な変化に気付くことだった。女の子はちょっとした変化に気付いて褒めてあげられる人が好きだと聞いたことがあったから、やってみることにした。毎日同じ人を観察するのは大変だと思っていたが、よく考えると僕は知らず知らずのうちに彼女を目で追っていた。彼女は髪型をしょっちゅう変えたりする人ではないけれど、褒めるところはたくさんあった。
まずは、気遣いができるところだ。詳しくは言っていなかったが、僕の部は運動部で、選手とマネージャーがいる。基本的に男子は選手で女子はマネージャーで、彼女はマネージャーの中で最も優秀だった。
あれは他校と練習試合をしていた日のこと、僕はプレーの途中で足を軽く捻ってしまった。笛の合図でプレーが止まってベンチへ戻ると、彼女はすでに救急箱から包帯と湿布を用意して待っていた。
「無茶なことするからよ」
呆れたように笑うと、慣れた手つきで処置をした。
「ごめん」
「それ、チームメイトに言いなさいよ」
「ちゃんとあとで言うけどさ――ほら、手間かけさせちゃって、ごめん」
「いいのよ。これが仕事だもの」
「そっか……そうだよね。でもさ、本当に助かっているよ。ありがとう」
ちらりと彼女の方を向くと、ほんの数センチというところに顔があった。湿布の温度が全然感じられなくて、思わず目を逸らした。
「こちらこそ、頑張ってくれてありがとう」
そんな台詞を返してくれる彼女が、僕は大好きだ。
彼女の褒めたいところはまだまだある。彼女はなんと言っても可愛い。むしろ好きになった理由はそこにあると言っても過言ではない。可愛い女の子がずっと隣にいれば、恋にだって落ちる。
彼女はいついかなるときも可愛いのだが、僕は彼女の笑顔が一番好きだった。そして、彼女が笑顔を見せてくれるときはいつも決まっていた。
あれは怪我から復帰してすぐの練習試合でのことだった。部員の少ないうちの部は、ぎりぎり補欠まで用意できるくらいの数しかいなかった。だから十分に養生することをできず、補欠として出場していた。
久々の試合は惨敗だった。他の選手はいつも通り頑張っていたのだ。僕のことを気遣ってか、いつも以上に動いてくれるやつもいた。でも、僕が足を引っ張ってしまったのだ。ミスを連発し、前半が終わらないうちに交代させられた。
試合後、顧問にこってり絞られた。怪我していたとはいえ、今のプレーは残念の一言だ。アドバイスをする気にもなれない。云々。ひどい言われようだった。さすがに落ち込んだ。声を張って応援する部員の横で、僕はベンチにへたれこんでいた。
「そういうときもあるって。ドンマイ、ドンマイ」
ふと聞こえたその声に、隣を見てみると彼女が座っていた。手には二本、ペットボトルが握られていた。
「これでも飲みな」
「ありがとう」
受け取ったそれはひんやりとしていて、少し火照った体をじんわり冷やした。
「久々の試合は疲れたでしょ」
「まあね。体力は戻ったんだけど、さすがにすぐ元通りってわけにはいかないよ」
グラウンドに目を向けると、僕以外の選手がグラウンドを駆け回っていた。
「みんな、怒ってるかな」
「怒ってるだろうね。あんなミス、私が選手だったら激怒だよ」
「……一応、慰めてるんだよね?」
「うん、まあ、一応。マネージャーの仕事だし。ただでさえ人数が少ないから、やる気なくして試合出たくないとか言われちゃうと困るのよ」
「……全然慰められてる気がしないよ」
「――まあ、部の今後とか一切抜きにするなら、私は気分が乗らないなら部活をお休みしてもいいと思う」
彼女はそんな言葉をさらっと言ってしまった。
「なんだったら、辞めてもいいと思う」
「それ、本気?」
「今の部の状況で本気って言っちゃまずいけど、本心ではあるよ。惰性でやったところで楽しくないでしょ。だったら辞めて、他にやりたいことをやった方がいいと思う」
――辞める、か。今まで考えたこともなかった。ぶっちゃけこの部にいるのは彼女がいるからで、試合に出て活躍したいとか打ち込めるものに出会いたかったからとかそういうのは全くなかった。結果的に試合にも出させてもらってかなり打ち込んではいるけれど、本当にやりたいことかなんて考えたことはなかった。
辞めるという選択肢もあるのだ。たまたま部員の少ない時期に入部したから誰も言い出さないし、言い出せない雰囲気ではあるが、部活は届を出せば辞められる。
「僕が辞めたら、一花はどう思う?」
「この野郎、って思う」
容赦なかった。
「でも、私がいるからって理由で続けられる方が嫌かな」
そのとき彼女が見せた笑顔はどことなく不自然で、僕の好きな彼女とは程遠い誰かだった。
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