0人が本棚に入れています
本棚に追加
その日も店は賑わっていた。
私は店長や他のバイトの子達と共に、忙しなく働いた。
その間、私の頭の中でひまわりと社の記憶が駆け回っていた。思い出すたびに、どうしようもなく懐かしくなる。
きっと、あの胡散臭い親子からひまわりの話を聞いたせいだ。
でなきゃ、今すぐ仕事をほっぽり出して、ひまわりを見に行きたいなんて馬鹿げたことを考えるはずがない。
それでもなんとか堪えて、仕事に没頭した。
閉店間際、店の電話がけたたましく呼び鈴を鳴らした。
カウンターに立っていた店長が受話器を手に取り、耳に当てる。
「はい、もしもし。あぁ、お世話になっております」
お得意様だろうか? ずいぶん腰が低い。
店の電話はレトロな壁掛け電話で、カウンターの壁に設置されており、通話中は客席から背を向ける状態になる。店長は壁に向かって何度も頭を下げ、「何も心配いりません。全て順調ですよ」と繰り返していた。
私はテーブルを拭きながら、会話に耳を澄ました。しかし外の雨音が邪魔で、よく聞こえなかった。
閉店間際とあって、お客さんは誰もいない。バイトの子達も用事があるとかで、先に帰った。
「……」
私は再度、店長を確認する。話が長引いているようで、しばらくはかかりそうだった。
私は台拭きをテーブル置いたまま、静かに玄関へと向かった。
変にコソコソしていなかったおかげか、店長に怪しまれることなく、玄関のドア前までたどり着いた。
てるてる坊主のベルが鳴らないように手でつかみ、ゆっくりとドアを押す。ドアの隙間から湿った空気が入り込み、雨独特の臭いが鼻を突いた。
「……っ」
私はドアの隙間へ体をすべりこませると、外の世界へ足を踏み出した。
私にはもう一つ、叔父さんに秘密にしていることがある。
記憶を失っていることはいずれ話さなくちゃならないとは思っているけど、この秘密だけは絶対に口に出しちゃいけない。
私は、雨が嫌いだ。
雨が降っていると満足に外へ出られないし、雨が降っている様子を見るだけで気が重くなる。空は常に灰色で、私の憂鬱を映したような色をしていた。
他の人はやまない雨に慣れつつあるそうだけど、私は太陽の光が恋しくて堪らない。澄みきった青空も、羊のように愛らしい白い雲も、雨上がりに現れる虹も……全てが愛おしかった。
だから叔父さんには悪いけど、本当に私のせいでこの国の雨がやまないのだとしたら、今すぐ元に戻してあげる。
ひまわりは雨の中でしおれているよりも、太陽を見上げている姿の方が、美しいはずだから。
(終わり)
最初のコメントを投稿しよう!