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かく言う私のバイト先である喫茶店「れいん」も、雨がやまなくなった恩恵を受けている店の一つだ。
「雨を楽しむ」というコンセプトから作られた喫茶店だけあって、店の中にいながら雨を楽しめる仕掛けが随所に施されてあり、人気を博していた。
巷じゃ、雨を楽しむ生活を送ることがトレンドになっているらしく、女性客を中心に賑わっていた。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか?」
てるてる坊主型のベルが鳴り、親子が店を訪れた。母親と思しき女性と、小学生くらいの女の子だった。
私は空いた皿をカウンターからマスターへ渡した後、小走りで駆け寄り、親子を出迎えた。
店は二重扉になっており、店の中へ雨が吹き込んで床が濡れないようになっている。親子は玄関のロッカーに傘を預けた後、店内に入った。
「えぇ。窓際の席がいいんだけど、空いてるかしら?」
「ちょうど、二席ご用意できますよ。こちらへどうぞ」
私は要望通り、親子を窓際の席へ案内した。
窓際の席は外の風景がよく見えるとあって人気の席だった。外からの水滴をはじきやすい特殊な窓を使用しており、豪雨の日でもよく見えた。
ちなみに、この窓は天井にも設置されていて、雨が降ってくる様子を真下から見ることが出来る。
子供には何故雨が部屋の中へ入って来ないのか不思議なようで、女の子は席に座ったまま、ポカンと口を開けて天井を見上げていた。
窓の他にも、雨に関する書籍や写真集が棚にぎっしりと用意されていたり、お洒落な一点ものの傘を販売していたりと、客に雨を楽しんでもらうことにおいては、余念がなかった。
「ご注文はお決まりですか?」
「そうねぇ……雨替わりブレンドと、紫陽花(アジサイ)ソーダをお願い。この子の大好物なの」
「かしこまりました」
喫茶店「れいん」は、メニューも雨をモチーフに製作している。
雨替わりブレンドは、オーダーを受けた時の雨の調子によってコーヒーの種類が替わるメニューで、小雨の今はコーヒーが苦手な人でも飲みやすいグアテマラのブレンドだった。
紫陽花ソーダは、レモンを入れると紫に色が変わる青い紅茶、バタフライピーティーに炭酸を加えたもので、色の変化を紫陽花の色に見立て、そう名付けられた。砂糖の代わりに、紫陽花の形にカットされた特注の金平糖を加えて飲む。これが「水中花みたいで、美しい」と評判だった。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
私は雨替わりコーヒーと紫陽花ソーダを親子のテーブルへ運ぶと、他のお客様をお見送りするため、玄関へ向かった。
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