雨がやまない国

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「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」  先程の親子を見送り、私はテーブルに残されたカップをカウンターへ運んだ。  じきに日暮れにも関わらず、店内はなおも混雑し、賑わっている。雨がやまなくなってからというものの、太陽が見えないせいか、昼と夜の境が曖昧になりつつある気がする。昼でも明かりが点いてるし。 「お疲れ、ハレちゃん。先に上がっていいよ」  カップを持っていくと、カウンターに立っていた店長が私に言った。  店長は雨好きがこうじて脱サラし、この喫茶店を開いた変わり者で、私の叔父だった。両親が海外赴任中の間、お店を手伝う代わりに、隣の離れに居候させてもらっているのだ。  名前も「梅雨街 雨太郎(つゆまち あめたろう)」という雨づくしの名前で、この国の雨がやまなくなったことを誰よりも喜んでいた。 「上がっていいって、もう? ちょっと早くないですか?」 「うん。でも、嵐になるみたいだよ」  店長は壁に設置された薄型テレビを指差した。  映っているのは、二十四時間三百六十五日、天気に関するニュースのみを報じる有料チャンネルで、今後一時間の天気がどうなるのか、天気予報士が図を使って説明していた。 『雨雲の接近に伴い、大荒れとなるでしょう。早めの帰宅と、外出の自粛を心がけて下さい』 「大荒れ? こんな小雨なのに?」  しかし外を見ると、明らかに雨脚が強くなっていた。  お客さん達も窓から雨の様子を窺い、席を立つ。雨がやまなくなってから、だいたいの人は天気予報を見ずとも、これから起こる雨の変化を予測することが出来た。 「天野くんも水島さんも上がっていいよ。後は僕一人で大丈夫だから」  マスターは他のバイトにも声をかけ、帰宅を促す。 「はい、お疲れ様でした」 「お疲れ様でした」  二人は早々に仕事を切り上げ、荷物を取りにカウンター裏の控え室へ引っ込んでいった。 「冷たいなぁ……せめて、お客さんがいなくなってから帰ればいいのに」 「電車が止まったら、帰れなくなっちゃうからね。仕方ないよ」 「私は残りますよ! 家、隣だし!」 「じゃあ、溜まってるお皿洗ってもらおうかな」 「うへぇ……」  私は流し台に置かれた大量の洗い物を目にし、顔をしかめた。
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