雨がやまない国

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「ねぇ、店長。どうしてこの国は雨がやまなくなっちゃったのかな?」  私は店長の意見が聞きたくなり、尋ねた。誰よりも雨に詳しい店長なら、何か知っているかもしれないと思ったのだ。  店長は少し考えた後、口を開いた。 「天岩戸(あめのいわと)って知ってるかい?」 「何それ?」 「神話の中で天照大御神が隠れた場所さ。太陽神たる天照大御神が隠れたことで、世界は闇に包まれ、あらゆる厄災が降りかかったそうだ。この国の雨がやまなくなったのも、晴れを司る神様が同じように引きこもっちゃったせいなんじゃないかな。あるいは、誰かに閉じ込められているとか」 「ずいぶんファンタジーな……珍しいね、叔父さんがそんな非科学的なこと言うなんて」  私はもっと科学的な答えが返ってくると思っていたので、拍子抜けした。  店長なら納得できる答えを知ってる気がしたんだけどな……。 「そうかい? まぁ正直に言うと、僕も雨がやまなくなった原因は分からないからね。本当に神様が閉じ込められているせいで雨が降り続けているのだとしたら、早く見つかるといいよね」  ……嘘だ。  だって、本当に雨がやむことを望んでいるなら、こんなに愛おしそうに雨を眺めているはずがない。  不謹慎だから口には出さないだけで、本当は店長が誰よりも一番、この国に雨が降り続けることを望んでいる。 「こうしていると、雨がやまなくなる前の頃を思い出すねぇ」  ふと、店長はカウンターに頬杖をつき、お客さんが一人もいない店内を見回した。 「雨が降っているのに、やまなくなる前のことを思い出すの?」 「あの頃は僕と同じように雨が好きなお客さんしか来なかったから、営業時間内でも閑古鳥が鳴いてたことがよくあったんだ。特に、晴れた休みの日なんかは、朝から夕方まで静かだったんだよ」  意外だった。私は今の「れいん」しか知らないから、嵐でもないのに人が来ないなんて信じられなかった。  雨のために用意した窓から太陽の光が降り注ぎ、無人の店内を照らす……そんな光景を、店長はどういう気持ちで眺めていたのだろう? 「"れいん"にそんな頃があったなんて、知らなかった……」 「ハレちゃんが来る前の話だからね、知らなくて当然だよ。ホント、ハレちゃんが来てくれて良かったよ。ありがとう」  突然、店長は私にお礼を言った。  今までそんなふうに、わざわざ感謝されるようなことをした覚えなんてない。  自慢じゃないけど、言われた通りのことをこなすのに精一杯で、特別なことは何もしてこなかった。 「いやいや、感謝されることは何もしてないよ。むしろ、私が叔父さんにお礼言わないと。カップは割るわ、オーダーは間違えるわ、昼まで寝過ごすわ……それなのに、いつも許してくれてありがとう」 「そんな、気にしないで。誰だって失敗はするものだからね。それに……」  一瞬、店長はスッと目を細め、微笑んだ。いつもの温かな笑顔とは違う、冷たい笑みだった。  その笑みを目にした瞬間、私は見てはいけないものを見た気がして、ゾッとした。  しかし店長はすぐに元の温かな笑顔に戻り、微笑んだ。 「君はここにいてくれるだけでいいんだよ、ハレちゃん。"れいん"はハレちゃんのもう一つの家みたいなものなんだから」 「もう一つの家……」  私は心の内を気取られないよう、マグカップに口をつけた。  実は、私は両親と過ごした家がどんなものなのか覚えていない。それどころか、両親の顔や両親と過ごした思い出すらも、はっきりとは思い出せない。いわゆる記憶喪失というやつだと思う。  それでも完全に記憶を失っているというわけではなく、断片に覚えていることもある。  青い空、白い雲、照りつける太陽、大輪のひまわり、雨上がりに架かる大きな虹、神社の鳥居……それらが何を示すのかは分からないけど、今は見られない空の景色を昨日のことのように覚えているのは、嬉しかった。  このことは、叔父さんには言っていない。変に心配させて、両親が帰ってきてしまったら、どんな顔をして会えばいいのか分からないから。 「ハレちゃん、どうかした? "れいん"がもう一つの家なんて嫌かい?」  店長は急に私が黙り込んでしまった私を心配し、顔を覗き込んでくる。  私は慌てて「大丈夫だよ」と誤魔化した。 「私も、ここが好き。すっごく良い店だもん。お父さんとお母さんがいなくても、叔父さんやお客さんがいるから寂しくないし」 「ハレちゃん……」  店長は嬉しそうに顔をほこりばせ、「僕もそれ、飲んでみようかな」と嵐の雨替わりコーヒーを作り始めた。  テレビでは大雨洪水警報が発令されたと、速報でアナウンサーが伝えていた。
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