雨がやまない国

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 翌朝、玄関の中を掃除をしていると、昨日の親子が店の前に来た。黄色い花柄の傘が目を引く。  今朝は小雨で、昨日の嵐が嘘のように落ち着いていた。 「おはようございます。開店までもうしばらく、お待ち下さい」  私は店の制服に雨がかからないよう、玄関の中から親子に言った。 「いえ、今日は客として来たのではないのです」  母親はおもむろに、店の前の大通りの先を指差した。 「ひまわりをご覧になったことはありますか? この先の交差点を右へ曲がってしばらく進むと、左手に社が見えるのですが、そこのひまわりがじきに見頃なんですよ。大きくて、鮮やかな黄色で、まるで夏の太陽のよう」 「ひまわりですか……」  この国の雨がやまなくなって一年、外の植物は強靭な雑草や樹木を除いて、軒並み枯れてしまった。  特に花は繊細で枯れやすく、その上地面に落ちた種も雨水に流されてしまったせいで、絶滅の危機にあった。  ひまわりもその一種で、咲いたとしても太陽が出ないので、昼間でも地面を向いて、しおれていた。 「お店の近所にひまわりが残ってる場所があるなんて、知らなかったです」 「アレも今年限りの命でしょうから、是非見にいらして下さいね。おひいさまがいらっしゃったら、きっと面を上げます」  女の子も幼い容姿に見合わない、丁寧な言葉使いで話し、微笑む。  昨日店に来た時よりも、大人びている印象を受けた。 「それと、このことは内密にお願いしますよ。特に、あの男には気をつけて。社へお越しになる際は、見つからないようお一人でいらして下さいね」 「あの男?」  親子の視線の先には、カウンターに立つ店長がいた。  険しい表情で、睨むように私達を見ている。 「あの男は天之狭霧神(アメノサギリノカミ)の御使いです。天照大御神の眷属であるあなた様を結界に閉じ込め、雨を降らせ続けているのです」 「我々も結界の中では我を失ってしまいます。あなた様も結界によって、本当の自分を見失っていらっしゃるのです」 「はぁ……?」  話が一気に胡散臭くなってきた。  この親子はおかしな宗教にハマっているのかもしれない。  店長も似たような話をしていたし、最近の流行りなのだろうか? 「では、我々はこれで」  親子は軽く会釈をすると、ひまわりが咲いているという社の方角へと去っていった。 「あのお客さん達と何を話していたんだい?」  親子を見送った後、店長は不安そうな表情で尋ねてきた。  叔父さんは私に対して、少し過保護な面がある。今年で十九になるというのに、未だに子供扱いをしてくる。困っちゃうなぁ。 「あのね……」  私は親子から教えてもらった話をしようとして、口をつぐんだ。  いくら胡散臭い親子から聞いたとはいえ、秘密の場所をこんなすぐに暴露してしまうのは気が引けた。 「道を聞かれたの。ほら、最近近所に新しくショッピングモールが出来たでしょ? 服とかおもちゃとか、いろいろ売ってるとこ。そこに行きたかったみたい」  自分でも驚くほど、スラスラと嘘を返す。  店長も私が言ったことが嘘だと気づいていないようで「そういう時は僕を呼びなさい」とホッと息を吐いた。 「ハレちゃんはこのへんのことには疎いんだから、お客さんに間違った場所を教えちゃうかもしれないでしょ?」 「はーい。次から気をつけまーす」  叔父さんは生まれた時から、この街に住んでいるので詳しい。もしかしたら、親子が行っていた社のことも知っているかもしれない。  それでも私はひまわりの場所を教えなかった。  こんないい人を疑いたくはないけど、店長が親子を見ている時の目が、私の知らない人の目のように見えて、恐ろしかったから。  
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