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次に僕が目を開けたとき、空気はしんっとしていた。
ああ、早く戻って、主役の演技を見ないと。勉強しないと。
僕は服も着替えずに、自分の胃液でカピカピになった口許のまま部屋を出た。
乾いた口許が少しだけパキッと痛む。だが、それすらも少し気持ちいい。
僕はだらしなく口を半開きにしながら暗い廊下を歩いた。
舞台袖に通じる重い扉を全身で開けると、むわっと噎せ返る匂いがした。
けれど僕はもう鼻がバカになっているのか、それを不快とは感じなかった。ただ、身体は正直らしく、さっきも吐いたのにまた嘔吐く。
何か柔らかいものに躓いて、慌てて壁に手をつくと、微妙にふにふにしたものを掌に感じた。なめくじを押し潰してしまったような気持ち悪い感覚。
それだけで、躓いたものがなんなのか微妙に見当はつくし、今触ったものが何なのかも微妙に想像できる。それと振り返った先に何があるのかも。
不思議と、涙は出なかったし、気も失わなかった。ただ、僕の友人たちが、ライバルたちが物言わぬ骸になっただけ。僕はその事実を受け止めるためだけに、振り返る。
怒りっぽいあの人は、恐怖に顔を歪ませていた。物腰柔らかなあの人はどこか虚空を睨んでいた。そして毛布に包まったあの子は、顔を確認できなかった。ブラックチェリーのような綺麗な色に毛布は染められていた。他にもゴロゴロそれは転がっていて、僕はそれに夢中で齧り付いた。
お腹が鳴って仕方がなかった。美味しいわけはない。気を抜けば、それこそ吐き出してもおかしくなかった。
大体すべてのものを食べつくして、僕は胃もたれを感じた。一気に頬張りすぎたのかもしれない。胃液で乾いていた口許は、今度は血が乾いてひび割れていた。
舞台の方を見やると、未だ主役が観客に向けてパフォーマンスを続けている。その姿はやっぱり僕が憧れる主役そのものだった。
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