風車の国の魔法使い

2/20
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
 【あい】は言葉の魔法使いだ。ただし、まだ修行中。  山二つ向こうの国に留学し、偉大な先輩魔法使いと豊富な書物に囲まれて、みっちり勉強すること一年。ようやく懐かしのふるさとに帰ろうとしているところだった。  途中に立ち寄った国で、ちょうど故郷に輸出される小麦粉を運ぶのだというトラックの荷台に乗らせてもらうことになった。  山と積まれた小麦粉の紙袋を背もたれに、舗装が十分にされていない道を走る車の振動に耐える。お尻が痛くてたまらなくなった頃に、ふと風が変わったのを感じた。  揺れる荷台から身を乗り出すと、目の前に広がる地平に沿って、何本も立てられた蝋燭のような白い風車群。海から吹く風を受けて、ゆっくりと偉大さすら漂わせて回っている。あれが近くで見ると想像以上に大きいことを、そこで生まれ育った彼女はよく知っていた。  これが【あい】の生まれ故郷。三百六十五日、白い風車の回る風車の国だった。  一年前までは何でもなかった景色が、とても愛おしいものに思える。国に着いたら、我が家に帰ったら、まずは何をしよう。どんなふうに過ごそう。  家では【あい】の同居人が待っているはずだった。  帰郷のことを伝える手紙は先週には彼女の元には届いているはずだから、「今日くらいには着くだろう」と家を片付けて食事の用意をして待っていてくれているかもしれない。いや、普段から家に籠もって寝食も忘れて研究ばかりしている彼女だから、ポストに入った手紙に気がついていないという可能性もある。どちらにしろ、きっと家にいるだろう。  そこで自分の手元を目を落として、はたと気がついた。  【あい】の身体をゆったりと包む、濃い紫色のローブ。毎日着ていたので少し薄汚れてしまってはいるが、丈夫で着心地の良い一品だ。この友人が【あい】が留学のため旅立つ前夜に、餞別として贈ってくれたものだった。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!