第2話であり最終話であるも、これは彼らの”新たな始まり”

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第2話であり最終話であるも、これは彼らの”新たな始まり”

――何だ? 何だ?!  凌馬が吹っ飛んだのとほぼ同時に、残る2人の乗客のうちの1人・海原章太郎(うなばら・しょうたろう)も吹っ飛んでいた。  吹っ飛んでいたというか、彼はそのまま優先座席へとそのふくよかな身ごとダイブしていた。  彼の見事な三段腹が座席シートでバウンドする。  もし、この優先座席にお年寄りや妊婦が座っていたなら、”意図せぬ肉弾丸”となってしまった彼のアタックをくらうこととなってしまい、大惨事になっていただろう。  この最終電車の優先座席に誰一人として座っていなかったことは、幸運であった。 「……痛(つ)うぅぅぅぅ……!!」  情けない声が――男なら弱音を吐くなと母親に小さい頃からクドクドと言われ続け、29才の立派な大人となった今も、”女の嫌なところを詰め込んだかのような母親”の声が不意に蘇ってきたにも関わらず、章太郎の口からは苦痛の呻きが漏れた。  男だって痛い時は痛いのだ。  内臓への衝撃と、それに伴って今よりわずか1時間前にガ●トでとった遅い夕飯が逆流してくるような吐き気よりも、電車の床で右膝を強打した痛みの方が、より章太郎の顔を苦痛に歪ませた。  近くには、自分の荷物が――数カ月ぶりの有休をとれた今日、久々に隣県のアニ●イトまで行って、手に入れた限定グッズやその他、ついつい紐が緩くなった財布のお金(余分に財布に金を入れて行っていて本当に良かった。欲しいものは手に入るだけ買わなかったら、きっと家に帰って後悔していたに違いない)で購入したグッズが散らばっていた。 ――汚れる……!!! 汚れちまう……!!! 電車の床なんて、どんな奴らが歩いたなんて分からないんだぞ……中には犬のウ▲コ踏んだまま気づかなかったままの奴だって………!!  自分のTシャツには汗染みがクッキリついていても平気であるも、自分が触れるものには潔癖なところのある章太郎は急いで散らばった”宝物”たちをかき集めようとした。  ズキズキと痛む右膝を代表とする、自身の怪我の具合を確認するよりも先に……  体の痛みよりも、手に入れたばかりの宝物が汚れてしまうという心の痛みの方がより勝っていたのだ。  当然、章太郎は、先ほどの”地球が滅亡クラスかと思われる”閃光と爆音、そして自身の肥満体が宙を舞うほどの大衝撃の原因について考えるのは後であった。 「……おい! ”あんたも”大丈夫か?!」  章太郎の丸まった&丸っこい背中へとかけられた声。  ハッと振り返った章太郎の瞳に映ったその声の主は、鼻にも口にもピアスを(正直、痛くないのか? と聞きたい)ジャラジャラとつけた、あの見るからにヤンキーというかDQNな風情の”若い男”であった。  章太郎が中学時代に出会った同級生のDQNの外見を大人の男にし、さらにDQN度をアップさせたかのような……  触らぬ神に祟りなし、という教訓を章太郎に突き付けているがごとき、あの若い男。  章太郎は、ヤンキー男に無言で頷いた。  ”大丈夫ですぅぅ。僕のことはどうかスルーしてくださいませ”と、ヤンキー男への届くはずのないメッセージを心の中で発していた。  ヤンキー男の両脚の向こうには、あの”いかにもうだつのあがらないくたびれきったサラリーマン”と見えないラベルが貼られているような、自分と同じ年ぐらいの男が仰向けに転がっていた。  あのサラリーマンはつい先刻までスマホを見ながら1人でニヘラニヘラ笑っていた。  章太郎には分かった、あのサラリーマンのあの笑みは絶対に助平心(男の本能)からくるものだと……  他人のスマホ画面や自分に害のない言動にどうこう言うつもりはない章太郎であったが、”おい、家の中ならともかく、外でそのキモい笑みを見せるのはちょっとやめとけよ”と思わず、他人の言動に心の中で口を出し失笑してしまっていた。  だが、今、あのサラリーマンは大開脚状態で仰向けに転がり、顎を押さえて呻き声をあげ続けている。  そして――  大衝撃によって吹っ飛ばされなかった唯一の人物――吹っ飛ばされる寸前、(右手のスマホも左手のヴィ●ンのクラッチバックも離して)咄嗟に吊り革を両手で掴んだ長身のヤンキー男こと、空岡征太(そらおか・せいた)。  顔つきや振る舞いに年相応の深みがなく、5才以上若く見える征太であるも、電車の床に転がる2人の男と同じ29才であった。  征太はその長身と逞しい両肩と、咄嗟の行動から推測される通り、運動神経はすこぶる良かった。その運動神経を買われて、高校にバスケットボールの推薦で入学するも、待っていたのは先輩たちからの”いじめか指導か分からない通過儀礼”であった。  無理な練習とストレスがたたったのか、征太はついに膝を壊してしまう。でも、心のどこかで”これで部活を止めることができる”とホッとしていた。  だが、父は”逃げるなんて絶対に許さん”と、首を横に振っただけであった。  この世界には、戦わずして逃げることが唯一の道であり、逃げなければ”人が壊れてしまう”ことだってあるというのに……  父を司令塔としている母は父の命に従うだけ、父と同じく体育会系であり”脱落”することなどなかった3才年上の兄は、征太の苦しみに寄り添ってくれるはずなどなかった。  征太が高校も卒業せず家出同然に飛び出してから、もう10年以上の月日が経っていた。その間、フリーター等でなんとか食いつないでいた。その10年の間、一番長く続いた職場でもわずか半年であった。付き合った女の家に転がり込んで家賃を浮かせたり、女が自分の気を惹こうとしてプレゼントしてくれる服やアクセサリーを身に付けていた。ちなみに今日持っていたヴィ●ンのクラッチバックは、一番最初に付き合った年上の女からのプレゼントである。  今宵、最終電車に乗った征太は、次の駅で電車を下り、女が待っているアパートに――征太も一緒に暮らしているのに女がその家賃を全負担しているアパートに帰るだけであった。  最終電車のこの車両の乗客は自分も含め、3人。  1人は趣味に全力で生きていることが分かる、(絶対に学生時代に男からはいじられ、女からは遠巻きにされて笑われていたであろう)脂身っぽい生白い肌の年齢不詳のいかにもなオタク系の男。  もう1人は、男の戦闘服であるスーツに身を包み、征太が乗ることができなかった社会のレールの上に乗っていることは明らかであるも、覇気や気概などは全く持って感じられない三十路付近だと思われる、”歩く没個性”のようなサラリーマン。  ただ自分と同じ最終電車に乗り合わせただけであり、自分が電車を降りれば、二度と会うことはないであろう2人の男。    けれども……  一体、何が起こった?!  網膜を焦がさんばかりの閃光と、鼓膜を破らんばかりの爆音。  ”まずは”閃光に驚き思わず、目をつぶった征太が再び目をあけると、その閃光の名残を残している先刻よりも何トーンも明るい視界が広がっていた。  次に地球全土を揺るがすがごとき爆音に間髪入れずに、この最終電車は大きく軋んだ。いや、何かにどつかれ、揺らされたのか?  咄嗟に、両手で吊り革を掴んだ征太の両目の端に映ったのは、自分の右と左でそれぞれ、言葉どおり吹っ飛んでいった2人の男の姿であった。 ※※※    この車両は無事だ。いや、この車両だけは無事なのか?  大衝突後の”車両内の状況”を説明するとしたなら、章太郎より 凌馬の方が わずかに唯一打ち身の怪我を負っていない征太に近い位置にいた。  よって、征太は先に凌馬のところへと駆け寄った。 「……大丈夫か?!」  征太は凌馬にそう問うたが、大丈夫なわけがないことは見て取れた。  顎が砕けてはいないが、相当強かに顎を打ったらしい凌馬は征太に返事もできず、「うぐああぁ……」という低い呻き声を上げ、大股開きで床にのたうちまわっていたのだから。  彼のすぐ近くには、雷(いかづち)のようなヒビを刻まれたスマホが転がっていた。そのバッキバッキとなったスマホ画面で、いびつな微笑みを見せている女の顔に、征太も見覚えがあった。 ――これ……”井部きよか”か?  征太も年頃の男として(?)、そこそこ知名度があって、そこそこ可愛くて、”とびきり扇情的である”グラビアアイドル・井部きよかのことは知っていたし、一緒に住んでいる女に隠れて井部きよかが雑誌の巻頭を飾ったグラビアページを眺めていたこともあった。  いや、スマホの女が誰であるかということよりも、今は人命救助が何よりも最優先事項だ。 「……おい! ”あんたも”大丈夫か?!」  征太のその声に、丸っこい背中で大切な床に散らばったアニメグッズたちを必死でかき集めていた章太郎が、”怯えたような顔”でコクリと頷いた。  このような非常事態においても、彼はグッズへの愛は決して忘れてはいない。   このオタクの鑑のごとき男も、呻き続けているサラリーマンも、顔面から窓ガラスにそのまま突っ込んでいかなかったのは、不幸中の幸いであったと……  もし、彼らが顔面から硬い窓ガラスに突っ込んでいたなら、2人とも見るも無残な顔面に――21世紀の医療を持ってしても完全に元通りとはいかない顔面となっていたであろう。 「もう……なんだよぉ……くそぉぉ……!」  顎を押さえたまま、凌馬がのそのそと上体だけを起こした。  半ば泣き声のような声で、彼のその目尻には涙も滲み始めていたが、言葉を発することはできていた。 「……たぶん、事故だ。なんかの事故に……」と、言いかけた征太であったが、途中で言葉が途切れる。  明らかに何かが起こった。  それは事実だ。  しかし、先ほどの閃光と爆音からすると、この最終電車にだけ何かが起こったのではない。おそらく、この付近一帯に……  事故というより、何者かに――つまりは何らかの組織に付近一帯を攻撃されたのかもしれない。  TVで流れているニュースなどは日本国内のものであっても、凌馬も章太郎も征太も、今、この時までは所詮他人事としか思っていなかった。  治安が良くて清潔だと評判高い(?)日本も、決して100%の安全が保証されているわけではなく、事故、災害、災難に遭うことには老若男女も何も関係ない。  たまたま、その場にいた。  そう、今宵の自分たちは、たまたま、この最終電車に乗り合わせてしまったがために…… 「とにかく、外に出たほうが……」  征太の意見に、凌馬は同意を示し顎を押さえたままコクコクと頷く。  この車両は、またしても幸いなことに横転などはしていない。だが、いつ、派手なハリウッド映画の爆発シーンのごとく、炎を自分たちに襲い掛かってくるかは知れない。  自動ドアはピッタリと閉じ合わさったままだ。窓ガラスを割って(そもそも成人男性の力とはいえ、電車の窓ガラスを素手で割るのは相当に骨が折れそうだが)脱出するしかない。  焼死なんてまっぴらごめんだ。  まだ、外に出た方が”安全地帯”へ避難できる可能性は高いだろう。その安全地帯も真に安全であるのかの保証はないが……  しかし、窓ガラスから見える”外”は、先ほどの閃光などまるで幻であったかのような真っ暗闇であった。  ただの闇ではない。  いや、闇は本来、光と対になっているものであろう。今、外に広がっている闇は、その対となる光をどこかに有してるとは思えなかった。  外にあるのは、”無”だ。  何もない。光も闇も。そして、音も。そう、何もないのだ。    凌馬の背筋にも、征太の背筋にも、冷たい汗が滲み始めていた。  おかしい。絶対におかしい。  まるでこの車両ごと異空間にでも連れてこられたかのような違和感。そして、恐怖――  まだ、この車両内にいて、車掌からのアナウンス(やけに遅い。こんな異常事態が発生したなら、訓練された車掌たちはもっと早くアナウンスをするもんじゃないか?)を聞いてから指示に従った方が生存確率が上がるかもしれない…… 「あ、あの……」  床に座り込み、両手でアニメグッズを大切に抱きかかえたままの章太郎が恐る恐る声を出す。  彼の背筋にも冷たい汗が、いいや、章太郎の場合はその両脇にも、そして三段腹の肉の間にも、冷たい汗が滲み始めていた。 「う、う、動いてません? この電車……」  さらに色を失った章太郎の生白い頬は、痙攣するかのごとく震えていた。 「!?!?!」 ――まさか……そんな、まさか!?  凌馬の耳にも、征太の耳にも、聞き慣れた電車の走行音などは聞こえてきてなどはいない。そして、外の風景も全く変わらない。というよりも、”無”のままだ。  当然、彼らはこの電車が止まっていること前提で、脱出すべきか否かを考えていた。けれども…… 「な、何だか……聞こえるんですよっ……シューシューという音が、まるでコブラとか……蛇とかが出すような音が……それに……この電車は確かに動いていると……」  電車の床にでっぷりとした尻を着けたままの章太郎は、他の2人よりも敏感に電車の動きを感じ取っていた。  彼の言葉を聞いた、凌馬と征太も耳をさらに澄ました。  そうすると、確かにシューシューという微かな音が彼らの鼓膜を震わせる。  それに、あのオタク男に、この電車が動いていると言われたなら、確かに動いているのかもしれないと思われるかすかな振動までをも感じ取った。 「……何なんだよ? いったい、どこに向かってるっていうんだよ!?」 「そっ、そんなこと、僕が知るワケないじゃないですか!!」  いかにもDQNな風情のヤンキー男ではなく、一応は良識ありそうなサラリーマンが真っ先に声を荒げたことに、章太郎は湿った背中を震わせたものの、言い返した。  ”無”の中を不気味な音とともに走るこの電車が、どこに向かっているかなんて、章太郎も知るわけがない。  そもそも自分たちは、”どこかに向かっている”のではなく、”誰かにどこかに連れて行かれている”のではないだろうか……?!  その時であった。 「――誰だ!!」  征太の怒声のごとき声に、凌馬も章太郎もビクリと飛びあがった。  ”誰だ?!”  自分たち3人しかいなかった、この車両内に4人目がいたのか?!  「!!」   元からいたのではない。上から見たら凌馬、章太郎、征太を頂点としたトライアングルを描いている、そのトライアングルの内部に、4人目が突然、出現し――  その4人目は、確かに自分たちと同じヒトの輪郭を有していた。  だが、その肉体は自分たちと同じヒトの皮膚で覆われてはいなかった。  そのうえ、目も鼻も口もない。けれども、のっぺらぼうというわけではない。  簡潔にいうなら、単にヒトの輪郭をしている白っぽい液体が、自分たちの目の前で音も立てずに、海の波のごとくユラユラと揺れているといったところか。  そのヒトの形をしているも、ヒトであるはずはないものが口もないのに、言葉を発し始めた。  いいや、直接、彼らの脳裏に響いてきたのだ――!! 「……どうか、落ち着いて聞いてください。”私も”時間がないので、手短に”済ませます”。私はあなたたちからすると、いわゆる宇宙人です。宇宙人である私の言葉が、あなたたちにきちんと通じていることは驚きでしょう。でも、そのからくりにつきましては、企業秘密ですからお話することはできませんのでご了承ください。さらに……私が”本来の姿であなたたちの前に姿を現す”と、あなたたちの生命活動が停止する可能性が99.99999%ほどあるため、先ほど即席で作り上げました、この仮の姿にて失礼いたします。本題へと入りますが……私の暮らす星では、ある競技が盛んでございました。その競技がいかなるものであるのかやその競技の歴史につきましては、長くなるため割愛いたします。そして、ついに本題の本題へとも入りますが、その競技におきまして、ある者が少しばかりミスプレーをいたしまして……そのミスプレーの余波があなたたちの星へと向かい、あなたたちの星は全くの”無”と化したわけでございます」 ――全くの”無”と化した?! つまりは地球そのものが……!  皆、死んだということか?  皆、”無”となり消滅したことか?  家族も、友人も、会社の上司や同僚も、グラビアアイドル・井部きよかも、征太が一緒に暮らしていた女も、皆――?  そして、地球に暮らす者たちが生まれては死に、死んでは生まれたという世代交代を繰り返しながら培ってきた歴史や文化も……例えば凌馬と同じ名の響きを持つ坂本龍馬が残した功績や後世の者たちに与えた影響も、章太郎のお気に入りのアニメも含まれる人間たちが作り続けてきた文化や芸術作品も、何より奇跡のごとく美しい地球の何もかも――? 「突然のことで、まだ、事態を飲み込み受け入れられないと思いますが、話を続けさせていただきます。あなたたちの星を無にしてしまった者につきましては、あなたたちの世界の時間単位でいう”555年の禁固刑に処した後、888年の監視付きで釈放”に満場一致で決定いたしました。”当然の罰”でございます。報いは受けますので、ご安心くださいませ」 ――555年の禁固刑ィィ?! 死後もその刑が続くという意味ではなく、その後に888年の監視付きで釈放ゥゥ??   人間からしたら、考えられないほどの寿命を有している。  そもそも、その者は自分のミスプレー(?)で、1つの星を……青く美しい地球を無へと化してしまったのだ。約70億人の生きとし生ける人々を、そのほか動物などの他の生命体を含めると、ゆうに70億の何十倍、何百倍の命を奪ったにもかかわらず……あまりにも軽すぎる刑罰としか思えない。だが、それが宇宙人たちにとっては、満場一致の”当然の罰”という基準なのか?  自称・宇宙人はさらに続ける。 「本題の本題の、さらにそのまた本題へと入るのですが……その者がミスプレーをした後、”私たち”の何人かはあなたたちの星へと向かって必死に泳ぎました。ミスプレーの余波があなたたちの星へと届くにはわずかばかりの時間がございましたから……”私たち”はあなたたち全てを救えなくとも、救える者は救いたいとの”舌を伸ばしました”。私の舌がなんとか助けることができたのは、何やら細長い箱らしき者に入っていたあなたたち3名だけとなります」 ――”舌を伸ばした”? どういうことだ? いや、それより自分たちは、偶然、最終電車のこの車両に乗っていたからこそ、今も生きているということか? もし、1つや2つ前に発車した電車に乗っていたり、同じ最終電車でも別の車両に乗っていたら、他の者と同じく、一瞬で無に化し……  不気味な自称・宇宙人は、なおも続ける。 「私たちがあなたたちの星について調べる時間は、ほんのわずかでございました。あなたたちの世界の時間単位でいう、1分ほどといったところで……ですが、同胞が引き起こした”ミス”のせめてもの償いといたしまして、あなたたちの星にかなり類似した星を見つけ出すことを優先いたしました。あなたたちが、”この箱”から外に出てもポンと破裂したり、ドロリと溶けたりする可能性は1.11111%ぐらいかと予測されます。実は…………実は、もうすでのあなたたちはその星に到着しているのですよ!!! ”私の舌からあなたたちを下ろせば”、すぐにあなたたちの星と類似した懐かしき光景が広がっているのです!! なんて、素晴らしい!!!」  急にハイテンションになった宇宙人。  得体のしれない宇宙人にも自分たちと同じく感情の起伏はあるらしい。  たった3人とはいえ救えたということが、誇らしくてたまらないのだろう。  しかしだ。  凌馬、章太郎、征太は、自分たちの星と類似した光景が広がったとしても、本来の自分たちの星――地球ではない。懐かしいなんて、思えやしない。素晴らしいなどとも思えるものか!   いっそ、”今宵の地球における多数派”に属していた者たちと一緒に一瞬で無になっていた方が、マシだったんじゃ……  だが、空気の読めない――そもそも、空気なんて読む気のない自称・宇宙人は、まだまだ続ける。 「先ほど……私と同じく、あなたたちの星へと泳ぎ、舌を伸ばした他の者たちからの知らせも”私の皮膚へと届きました”。本来でしたら、あなたたち以外にも救うことができたであろう方々はいたのです。でも、ここに運ぶことができたのは、とりわけ優秀な私に運ばれたあなたたちだけと断定できます。特に……あともうひと泳ぎで、同じこの星に到着するはずだった……”ロ〇アという名の国において、ある1つの箱に入っていた、ジョシコウセーという方たち32名ほど”は、先ほど別の同胞より、”うっかり”箱を舌から落としてしまったとの知らせを受け、この星への保護完了という希望はついえたところです」 「!?!」 ――ロ〇アの女子高生?! しかも、32名も?!  凌馬、章太郎、征太ともに、ロ〇ア国籍の友人や恋人がいたりなどしたことはなかった。  だが、ロ〇アの女子高生などと聞くと……皆、穢れのない雪のごとく白く透明な肌と色素の薄いやわらかな髪をし、まるで妖精のごとき雰囲気をまとった美少女たち、それも32人の美妖精の姿を……  しかし、その妖精たちが自分たちの元へと辿り着く可能性は、宇宙人の話からするともはや絶望的だ。全滅だ。   「……あなたたちは、3名いらっしゃります。あなたたちの第2の星となる、この星において、あなたたちも”私たちと同様に分裂を続けて行けば”、多数の子孫を残していけるでしょう。元の星と同じ繁栄をきっと取り戻せるはずです。いや、絶対に取り戻してください! 応援してます! 頑張ってください!!」  急激なハイテンションとなったその状態を保ったまま、目の前のヒトの輪郭をし、ユラユラと波打っていた白い宇宙人は消失した。  ”頑張れ”という、物事の外野にいる者からの無責任な言葉を残して――  消失に間髪いれず、シュウウウウウッと音がし、電車の窓の外は一瞬で”無”ではなくなった。  緑だ。  凌馬、章太郎、征太の視界から見える限り、青々とした緑の草原に類似した光景が広がっている。遠く、遥か向こうには、緑に包まれた山に類似したものが、その姿を見せている。  彼方には、自分たちが幾度となく見ていた青い空に類似した、澄み渡った青い空までもが広がっている。  けれども、ここは地球ではない。  ついうっかりで、”無”とされてしまった自分たちの星などではない。  あの無責任な宇宙人は、凌馬たち3人にこの星で”最初の人”となれ、と言ったのだ。 「あの……宇宙人さん。俺たち人間は”どちらかが欠けたら”、繁栄は無理なんですけど……」とのツッコミすら待たずに、あの宇宙人は去っていった。  ”私たちと同様に分裂を続けて行けば”、多数の子孫を残していけるでしょう、とも言い残して――    誰が分裂などして、子孫を残す芸当などできるというのだ。  自分たち人間が繁殖、いや生殖して子孫を残すには男と女という2種類の性を持つ者が必要不可欠なのだ。  つまりは、アダムとイヴが……!  アダムとなり得る者は、今ここに確かに3人いる。  ”最終電車のアダムたち”が。  しかし、イヴとなる地球上の人口のほぼ大半はすでに無と化し、この星に保護(?)される可能性を大いに孕んでいた32人のイヴたちは、この第2の星には辿り着けなかった。 「どうすりゃいいんだよ……?」  光を失った遠い目で、凌馬が呟いた。  イヴのいない星。イヴが現れることのない星。  3人のアダムたちだけの星。  たまたま最終電車に乗り合わせてしまっただけの、それぞれの見た目からして到底気が合いそうにない3人のアダムたちだけの星。  その彼らの新たな始まり……  しかも、いつまで続くのかも定かでない”これから”において、順番は分からないがその3人のアダムも時とともに減っていき、最後には全て無となるという滅亡しか描くことができない彼らの始まりであった。 ――完――
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